宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

文字の大きさ
上 下
53 / 102
第二章・お鶴さんの恋愛事情

しおりを挟む


       ◇◆◇◆◇◆


 広場に建った空中楼閣ろうかくは、住民の間でちょっとした騒ぎになったものの。
 月以外に観るものが増えたと、飲兵衛のんべえ達には人気らしい。
 ……などなど。
 千代はお鶴から様々さまざまな話を聞いた。

 千鳥足ちどりあしのお鶴は、宵闇町よいやみちょう事情通じじょうつう
 道理どうり情報屋じょうほうやがいないのだと、千代は一人納得し。

探偵屋たんていやがいないのは、もしかして……文字屋くんがいるからじゃあ……)

 あらたに浮かんだ疑問を、そっと胸の中に仕舞い込んだ。


       ◇◆◇◆◇◆


 黒と紫色の中間色の空で、光が弾け飛ぶ。
 宵闇町の新しい一日が始まった。
 千代はかり障子しょうじを開け、色ガラスの窓を開ける。
 おだやかに晴れた小春空こはるぞら

「わー! 今日もいい天気! 文字探しにはもってこいね!」

 千代は手摺てすりに布団ぶとんを干し、たたんだ敷布団しきぶとんまくらを押し入れに戻す。
 良い匂いをただよわせる一階へと、階段を早足で下りる。

今朝けさのごはんはなんですか~なんだろな~」

 ごはん~ごはん~と歌いつつ、千代は洗面所で顔を洗い、口をすすぐ。
 せまい廊下を歩き、食事場所である部屋のふすまを勢いよく開けると。
 目に飛びこんだいなり寿司ずしの山に、言葉を失った。

胡白こはく様! ながらいは駄目だめです! 食事に集中しなされ!』

 ヒョイヒョイ、パクッ。
 ヒョイヒョイ、パクッ。

 文字屋が右手に宵闇町よいやみちょう新聞を持ち、左手でいなり寿司ずしを口に運ぶ。

「お、おはよう、文字屋くん、イズナちゃん。ええと……これは……」

『お鶴殿どのからである……冷蔵庫に入りきらないほどの油揚あぶらあげが届いたのである……』

「まさか、依頼いらいの代金って……油揚げそれ!?」

 すっとんきょうな声を上げた千代に、文字屋の視線が向く。

「これは婚約こんやく祝いのしなだ。千代、代金未払みばらいはお前だけだぞ」
しおりを挟む

処理中です...