宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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「千代。左手首を貸せ」

 アーケードをくぐろうとした千代の背に、文字屋の声が飛ぶ。
 文字屋が着物の合わせ目から半紙を取り出し、扇子せんすのように細く折りたたむ。
 腕輪数珠うでわじゅずに折った半紙を千代の左手首に巻きつけ、はずれないようにむすびつけた。

「左? 右じゃダメなの?」

数珠じゅず本来ほんらい左手で持つものだぞ。仏教ぶっきょうおしえでは、左手は自分、右手は相手をあらわす。加えて、左手は不浄ふじょうなもの。不浄な自分に数珠を持ち、己を清めるんだ」

「へー! 知らなかったー!」

「千代。お前、まさか祖母の……まぁいい。
 腕輪数珠うでわじゅずは、左右どちらでも良いとされているが。多くの仏像ぶつぞうが左手を上に向け、右手を前に出している。宇宙や自然しぜんの力を左手で受け取り、右手で放出ほうしゅつするからだと言われている。
 諸説しょせつが入り乱れているからな、興味があれば自分で調べろ」

 文字屋が言い捨て、千代の左手首に腕輪数珠をつける。
 白色の大玉おおだまに、文字屋の右人差し指が触れた。

「【防護ぼうご】」

 刹那せつな、光のまくが千代をつつみ、全身にみ込んだ。
 文字屋が指を離し、くるりと背を向ける。
 
「行くぞ」

「文字屋くん! これ、めちゃくちゃ高いんじゃないの⁈ わたし、お金持ってないよ⁉︎」

「知ってる。だから、その、なんだ……それはお前にやる。行くぞ、千代」

 下駄の音を鳴らしつつ、文字屋が先に歩いていく。
 千代の首元に巻きついたイズナが、千代にだけ聞こえる声で言った。

『人間。今宵こよい胡白こはく様は神に近づく。下駄を鳴らしているのもそのためである。神に近づくという事は、実体化じったいかの力も強まるという事なのだ。
 お主の身を案じて、聖樹せいじゅである星月菩提樹せいげつぼだいじゅの数珠まで用意なされた。大切にせよ』
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