宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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 黒と紫の中間色の空に、天満月あまみつつきが浮かぶ。
 薄桃色うすももいろの顔をしたお鶴が酒瓶さかびんかかえ、道を歩く。

「うぃーっ……ヒック……男はいないかねぇ……。あたしに付き合ってくれる男はいないかねぇ……ヒック」

 店のシャッターを下ろそうとしていたたぬきが、お鶴に気づくと大慌おおあわてで店内に隠れた。

「せっかくの満月だっていうのに。なんだい、つれないねぇ……うー……ヒック」

 裏通りをぎ、商店街にさしかかり。
 お鶴が酒瓶さかびんかたむけ、プハーと息を吐く。
 千鳥足のまま、再度歩きだす。

「あたしゃ結婚したいんだよォ……どこかにいいはいないかねぇ……」

 お鶴の月影げつえいを追いかける、漆黒しっこくの影が一つ。

「…………」

 お鶴と尾行者びこうしゃが商店街の中に消えるのを見送り。
 細い煙が、アーケードまで戻ってくる。
 待機していた文字屋と千代の前で、ポンッとイズナが姿を現した。
 
胡白こはく様。からすが出てまいりました』

「うまく釣れたか。イズナ。お鶴にはちゃんと空瓶あきびんを渡したんだろうな?」

『はい! 酒は一滴も入っておりませぬ!』

「……それにしては……お鶴さん、本当に酔っ払っているような気がするのだけれども……。もしかして、飲んだ気分で酔えるのかなぁ。ほら、音を聞いただけでよだれをたらす犬がいるぐらいだし……」

「パブロフ犬だな。実験当初は条件反射じょうけんはんしゃではなく、精神反射せいしんはんしゃと呼ばれていたという。
 こちらには証文しょうもんがある。お鶴の演技と信じて進むぞ」

 カランコロン、カランコロン。
 狐面きつねめんで顔を半分隠した文字屋が、下駄げたの音を鳴らす。
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