宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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溺愛できあい盲愛もうあいともいう。他をかえりみることなく、相手に心を乗っ取られたような強烈きょうれつな愛だ。
 お鶴。お前本人は忘れてもからすは忘れなかったようだぞ。お前が求愛した事を。『あたしと結婚しておくれ!』とせまった事を。
 ここからは想像だが。文字が書けない烏は『お鶴ぅ、いているんだよぅ、愛しているんだよぅ。お鶴ぅ、俺のものになってくれよぉ』とでも言いながら、一つずつ石を水差しの中に落とし。ついには、お前本人から水を出させるまでにいたった。愛がなせる技じゃないか。
 お鶴、こんなにもお前を愛している鳥がいるぞ。このままからすの愛におぼれたらどうだ?」

「嫌ですよ! あたしには鷺介さぎすけさんがいるんですから! 心に決めたんですよ! 鷺介さんと一緒になるって!」

「ぐでんぐでんに酔っ払っては他人に迷惑をかけ、あまつさえ記憶をなくす奴の言う事なんぞ、信用ならん」

「本当ですよ! あたし、禁酒きんしゅしてるんですから! 鷺介さぎすけさんは七十七歳の若い鳥なんです! あたしの噂も知らないんです! のがすわけにはいかないんです! 今度こそ結婚するんですよォ!!」

(わー……お鶴さん、婚活こんかつ女子だったー……。七十七歳が若いって……鳥の世界はよく分からないや……お鶴さんが無事に結婚できることを祈ってます。
 文字屋くんは百歳以上かぁ……小学生と思っていたことは墓場はかばまで持っていこう……さわらぬ神になんちゃらです!)

 千代が意気込いきごんでいる前で、お鶴と文字屋のやりとりは続く。
 お鶴が切実せつじつな声で「そんなに言うなら、証文しょうもんでもなんでも書きますよォ! だから水を止めてくださいよ、文字屋の旦那ァ!」と言った直後、お鶴の体から泥水が消えた。
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