宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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部首ぶしゅ所属文字数しょぞくもじすう第一位は『艸(くさかんむり)』、第二位が『水(みず・さんずい)』と続く。部首だけで二千字じゃくある文字を一つ一つつぶしていくのは暇人ひまじんがやる事だ。俺はやらん。
 そのため、水の状態じょうたいから文字を推断すいだんする事にした。見た目はただの水たまり。
 だが、ちゃぶ台の上にできた水たまりは、お鶴の羽がしずんでも水があふれなかった。つまり『イツ』ではない」

 文字屋の右人差し指が掛け軸の『溢』に触れ、指を二回打ちつける。
 じわりと浮かんだ朱色しゅいろ二重線にじゅうせんが、『溢』に上書うわがきされた。

「次にいくぞ。水たまりは『水まり』と書く。溜の音読おんよみはリュウ、訓読みは『たまる・ためる』。
 しかし、お鶴の水たまりに、『リュウ』の可能性はなくなった」

「そうか、そうだよね。底がなかったら水は溜まらないもんね」

 ポンとひざたたいた千代に、お鶴の怪訝けげんな声が飛ぶ。

「ちょっとお待ち。あたしの羽から出た水は、底がなくても水が溜まってたんだよ? 底がないから違うって言われても、あたしゃ納得できないよ」

「え、えーっと……も、文字屋くん、説明お願いしまーす」

 咳払せきばらいで主導権しゅどうけんを取り戻し、文字屋が先を続ける。

「お鶴が使っている『溜まる』は動詞どうしだ。俺が判断材料はんだんざいりょうにしたのは──動詞『溜まる』の連用形れんようけい名詞化めいしかした、の『リュウ』だ。
 動詞は終始形しゅうしけいが『う』で終わる自立語じりつご。【水が溜まる】のようにな。名詞は活用かつよう、すなわち語尾ごびの形が変わることはない。
 だが、動詞にはむっつの活用形かつようけいがある。千代、学校で習わなかったか」

「呪文みたいにブツブツ言った記憶が……未然形みぜんけいとか命令形めいれいけいとかだよね?」
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