宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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「引っ張られる感覚はないですねぇ。でも、深くなればなるほど動かしにくい気が……まるでみぞに落ちた時みたいに……」

「溝?」

 ピンッと、文字屋の狐耳きつねみみ狐尾きつねのおが立つ。

「溝に『はまる』。水に関係するのならば『川や池にむ』だ。『落ち込む』が持つ、四つの意味のうち……ああ、そういう事か……」

 はぁぁぁぁ。
 音になりそうなほど大きな溜め息を、文字屋がこぼす。
 狐耳と狐尾きつねのおげ、千代の後ろに座り直した。

「文字屋くん、なにか分かったの?」

「分かったのかい?! さすが文字屋の旦那!」

 羽を引き抜き、バチャバチャと水しぶきを飛ばすお鶴を横目で見遣みやり、文字屋が二度目の溜息をつく。

「イズナ。家のまわりはどうだった?」

胡白こはく様のおっしゃる通りでした。野良のらからすがわんさかおります』

「烏?」 「烏だって?」

 千代とお鶴が同時に上げた疑問符ぎもんふにも、れた狐尾きつねのおは反応しない。
 三度目の溜息をつき、ようやく振り向いた文字屋の顔には、不承不承ふしょうぶしょうの表情がありありと浮かんでいた。

「……お鶴。代金、きちんと払えよ」

「もちろん払いますとも! 文字屋の旦那、一体全体いったいぜんたいどうなっているんです?」

 続く文字屋の言葉に、千代は耳をうたがった。

「今回の件は、言うなれば自業自得じごうじとく。お鶴、お前の酒癖さけぐせ男癖おとこぐせの悪さがまねいた事だ」
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