宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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「あんたがうわさの人間かい。まさか女の子だったとはねぇ」

「わたし、噂になっているんですか?」

「この町で人間は珍しいからね。あたしが覚えているかぎりだと……七十年ぶりかねぇ」

 応接ソファに腰をおろしたお鶴が、細いくちばしで茶をすする。
 反対側に腰をおろし、千代も茶を啜る。

「そうそう、ちょうどあんたが着ているような訪問着を着て……ちょっとおち。あんた、どうやってこの町にきたんだい?」

「え、えーっと……話せば長くなるんですが……」

「それはあたしが決める事さ。ほら、早く」

 お鶴にうながされ、千代はこれまでの経緯いきさつを語る。

 稲荷神社のこと。
 文字屋とイズナのこと。
 文字屋の力のこと。
 元の世界へ帰るため、文字を探していること。

 最後まで黙って聞き、お鶴が湯呑ゆのみを茶托ちゃたくに置いた。

「なるほどねぇ。文字屋の旦那が。そうかい、それでそれで」

「あの……お鶴さんは、文字屋くんと知り合いなんですか?」

実家うちが紙屋だからねぇ。文字屋の旦那とは長い付き合いさ。もう百年以上になるかねぇ」

「へー……百ね……百年⁈」

「この町じゃ、見た目はてにならないからねぇ」

 笑うお鶴の前、千代は内心で冷や汗をかく。
 
 ちっちゃくて役に立たないとか。
 小さいほうがモフモフしていてかわいいとか。
 忘れてくれないかな……いや、絶対忘れないだろうな……。
 すでに、心の中の閻魔帳えんまちょうに名前を書かれている可能性が高い。
 年上に敬意を払うのは、わたしのほうでした。
 文字屋くん、ごめんなさい。
 お鶴さんの年は聞かないでおきます、我が身のために。
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