宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第二章・お鶴さんの恋愛事情

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「なーにが! 『俺はさがし屋じゃない』よ!! 少しぐらい手伝ってくれてもいいじゃないの!」

 イズナ手製の朝食を食べつつ、千代はひとりごちる。
 今朝の朝食は、さばの塩焼きにふろふき大根、菜の花のからしえ、葱と油揚げの味噌汁。どれもこれも美味しく、炊きたて白米一号分をぺろりと完食しそうだ。

 元の世界に戻れないと分かった時、千代は真っ先に「家事全般をするので! タダで泊めてください!」と、文字屋に土下座したが。
「イズナがいるから必要ない。働け。働かざる者食うべからず」と、けんもほろろに突き放された。
 それでも。
 寝る部屋を用意してくれ、着替えを用意してくれ、入浴と食事を提供してくれる文字屋は。

(……本名のこともそうだけれど。性根しょうねは優しい子だと思うんだよね。口が悪いだけで。口が悪いだけで。口が悪いだけで。
 黙っていれば、狐耳きつねみみ狐尾きつねのお! いつかあの尻尾を、思う存分モフモフしてやるんだから!)

 千代は米の一粒まで残さずたいらげ、両手を合わせ、空の食器を手に立ち上がる。
 鼻歌を歌いながら、洗い場で食器を洗う。
 二階の部屋へ戻り、イズナが用意してくれた訪問着ほうもんぎに着替える。

「よっし! おなかいっぱい! 今日も頑張って【】の文字を探すぞー!」

『単純であるな、人間は』

「イズナちゃん! 今朝のごはんも美味しかったです、ごちそうさまでした! お昼ごはんも楽しみにしてまーす!」

 布団を干していたイズナに手を振り、千代は元気よく階段を駆けおりた。
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