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第一章・不吉なペンネーム
肆
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「おばあちゃ……祖母よ。書道の師範をしていたの」
「そうか。道理で良い名前なわけだ」
「千代は良いの?」
「ああ」
文字屋が着物の合わせ目から四つ折りの半紙を取りだし、右手で千代に渡す。
千代が開いた紙面の文字が、文字屋の声で宙に浮かぶ。
ぽうっと、柔らかい光と共に、優しく弾け飛んだ。
「古今和歌集、巻七、賀歌。
題しらず、よみ人しらずの巻頭歌。『我君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで』。
分かりやすく言うなら。『あなたは千年も八千年も、限りなく長生きしてください』だ。賀歌は祝いの気持ちを表した歌。特に長寿、繁栄を祈る歌だからな。
千代。お前の祖母は知っていたぞ、夢の事を。夢を追いかけるのはお前の自由だと、そう思っていたからこそ、何も言わなかった」
「……え」
「依頼完了だ」
文字屋が立ち上がり。
膨らんだイズナが、書道道具を全て口内に入れた。
半紙を胸に抱き、千代は降り注ぐ光を浴びる。
耳奥で「千代ちゃんは頑張り屋さんだからねぇ」と、懐かしい声がする。
(……おばあちゃん。わたし、書道教室を大事にするから。大切に守っていくから。
だから、もう少しだけ、頑張ってもいいかな。もう少しだけ、夢を追いかけてもいいかな)
パタンと閉まった襖の音が。
いいよと、言ってくれた気がした。
【第一章・不吉なペンネーム/了】
「そうか。道理で良い名前なわけだ」
「千代は良いの?」
「ああ」
文字屋が着物の合わせ目から四つ折りの半紙を取りだし、右手で千代に渡す。
千代が開いた紙面の文字が、文字屋の声で宙に浮かぶ。
ぽうっと、柔らかい光と共に、優しく弾け飛んだ。
「古今和歌集、巻七、賀歌。
題しらず、よみ人しらずの巻頭歌。『我君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで』。
分かりやすく言うなら。『あなたは千年も八千年も、限りなく長生きしてください』だ。賀歌は祝いの気持ちを表した歌。特に長寿、繁栄を祈る歌だからな。
千代。お前の祖母は知っていたぞ、夢の事を。夢を追いかけるのはお前の自由だと、そう思っていたからこそ、何も言わなかった」
「……え」
「依頼完了だ」
文字屋が立ち上がり。
膨らんだイズナが、書道道具を全て口内に入れた。
半紙を胸に抱き、千代は降り注ぐ光を浴びる。
耳奥で「千代ちゃんは頑張り屋さんだからねぇ」と、懐かしい声がする。
(……おばあちゃん。わたし、書道教室を大事にするから。大切に守っていくから。
だから、もう少しだけ、頑張ってもいいかな。もう少しだけ、夢を追いかけてもいいかな)
パタンと閉まった襖の音が。
いいよと、言ってくれた気がした。
【第一章・不吉なペンネーム/了】
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