宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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 家に上がった千代が通されたのは、ショーウインドウがある部屋ではなく。
 掛け軸と狐の像が飾られたとこがある、客室だった。

 広さは八畳はちじょう
 床の間の前に文机ふみづくえが置かれ、上下に座布団ざぶとんが置かれている。
 他の家具はない。
 ふすまや天井に貼られたふだの写真を、新聞屋が何枚も撮っている。

『人間。ここに座れですの」

 ポムッ。
 イズナよりも小さな煙の狐が、四匹よんひきあらわれる。
 千代の胸はキュウウウンと高鳴った。

「かわいい! ちっちゃい! モフモフしてる!」

『人間。早く座れですの』

ふくろう。邪魔をするなですの』

『梟。大人しくしていろですの』

 見た目に反した無愛想ぶあいそうな態度も、ギャップ萌えのモフモフポイントが高い。
 千代は今にも飛びかかりたい気持ちを押しとどめ、下座しもざに正座する。
 新聞屋が千代の横に座る。

 四匹が、文机の上に下敷したじきを置き、半紙を置き、丸いつまみ付《つ》きの文鎮ぶんちんを置く。
 襖が開く音にあわせ、四匹はシュルシュルと狐の像に吸い込まれていった。

「待たせたな」

 襷掛たすきがけで着物の袖を上げた文字屋もじやが、筆巻ふでまきと木箱きばこを手に、姿を現す。
 煙の尻尾で水差みずさしを持ち、口で桐箱きりばこをくわえたイズナが、パタンと襖を閉じた。

「文字屋くん。室内でいいの? ダイダラボッチの時みたいになったら大変じゃ……」
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