宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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「うるさい。読書の邪魔だ。閉店時間に押しかけてくるな」

 ショーウインドウ上の扉を細く開け、文字屋もじやがにべもなく言いきる。

稲荷神社いなりじんじゃはココであってるはずなのに! なんで!? どうして?! このお店が建ってるの!?)

 騒いでも、理由は分からない。
 石を投げても、現実は変わらない。
 それならば。
 千代は握り拳だいの石を投げ捨て、声を張り上げた。

「ごめんなさい!」

 文字屋が一瞥をくれ、ページをめくる手を止める。

「わたし、あだ名は愛称の意味だけだと思っていたの。でも、かたきの文字を使う仇名あだなは、根拠こんきょのない悪いうわさの意味になるんだね。
 だから、文字屋くんが怒るのは当然だと思う。ごめんなさい」

「……」

凛凛りんりんはね、かりの名前。
 わたしの本名は秋野千代あきのちよです。秋の野原。千の苗代なえしろ
 新聞屋さんのお店には、文字がごっそり消えている本しかなくて。りんはなかったの。
 文字屋くん。仮の名前ではあるけれども。凛凛が不吉な理由を教えてください。それから、わたしを元の世界に戻してください!」

 千代は右手を左手でおおい、腰から頭まで一直線になるよう背筋を伸ばし、上体を倒す。
 ゆっくり、上体を起こし始めた時。
 千代の頭上で、扉を開く音が聞こえた。
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