宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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 腹を立てれば腹が減る。
 千代はグゥゥゥと鳴る腹をなだめつつ、散乱した原稿用紙を拾い集める。
 文字屋もじやが使った用紙も、見たところ、他のものと変わりない。
 問題は。
 文字屋が指したペンネームを、千代は穴が開くほど見つめる。

りん人名じんめいで使えるのに……。あだ名の件といい、そんなに怒らなくても……)

 とはいえ。
 知り合いが一人もいないこの町で、頼れるのは文字屋だけ。
 力を借りるためには、ペンネームの謎を解く必要がある。
 左にウーン、右にウーン。
 いくら首を傾げても、答えはでない。
 千代は、ふらふら漂うイズナに声をかける。

「ねぇ、コ……イズナちゃん。なにが不吉か、分かる?」

『分からぬ。ただ』

「ただ?」

へそを曲げた胡白こはく様は、わしまで家に入れてくれないのであるぅぅぅぅ』

 大粒の涙を零すイズナが、見る見るうちにしょげかえる。
 水風船の上でしおれる姿は、千代としても見るに忍びない。

(お腹すいたし……わたしも家に帰りたいし……イズナちゃんもかわいそうだし……。文字屋あの子以外で、文字に詳しい人はいないのかしら……?)

 ピリーンパァーンポーン。

 柱に取りつけられたスピーカーが、気の抜けた音を立てた。
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