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第一章・不吉なペンネーム
弐
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「人間。お前の実名か?」
「じ、じつ……?」
文字屋が指すのは、千代のペンネーム。
疑問符が並ぶ千代の耳に、煙の狐が『本名かどうか、尋ねておられるのだ』とささやいた。
「コンちゃん! あなた、いい子ね! モフモフしていないけど!」
『誰がコ……ギニャアア‼︎』
「そいつはイズナだ」
煙の狐もとい、イズナを撫でまわす千代に、文字屋の鋭い声が飛ぶ。
「魂の在り方を決め、実体を表すのが名だ。
イズナは俺の家に憑いている管狐。今は俺が主人だ。お前の安直な仮名で、イズナの存在を汚すな」
「あだ名ぐらい、誰だってつけるじゃない。キミの”文字屋”も、あだ名でしょう?」
ぴくりと、狐耳が動き、ザワザワと空気が震えだす。
「”文字屋”は通称であって、仇名じゃない。意味を知らないまま言葉を乱用するな、人間」
『……に、人間。早く謝罪するのだ。これ以上、胡白様の機嫌を損ねて……ヒギャッ!』
千代はイズナごと両手を握り、腰に当てる。
わけの分からない場所に連れてくるわ、意味不明な言葉を並び立てるわ、勝手に原稿用紙と高い筆を使うわ。
腹が立つ理由は多々あれど。
千代が一番許せないのは、大切な晩ごはんを盗み食いした件について、いまだに謝罪がない事だ。
「あのね! 年上には敬語を使いなさいって、お父さんやお母さんに教わらなかったの?
そ・れ・か・ら! キミ、わたしの大切な晩ごは」
つかつか歩いてきた文字屋が、千代の眼前に原稿用紙を突きつける。
「不吉な名に払う敬意などない」
「はい⁈」
「お前なんかのために、貴重な文字を四文字も使わされるとは。全く以て迷惑な話だ。
この筆は代金として貰っていく。イズナ、帰るぞ」
文字屋がペンネームの書かれた原稿用紙を千代に押しつけ、筆を片手に背を向ける。
それを見て、怒りが波のように千代の全身に広がる。手の中から抜けでようとしたイズナの尾を、ぎゅっと力任せに握りしめた。
「なんなのよ、その態度は!!」
『ピギャアアア‼︎』
千代とイズナ、両者の叫び声は。
文字屋が立ち去ってもなお、黒と紫の中間色の空に響き続けた。
「じ、じつ……?」
文字屋が指すのは、千代のペンネーム。
疑問符が並ぶ千代の耳に、煙の狐が『本名かどうか、尋ねておられるのだ』とささやいた。
「コンちゃん! あなた、いい子ね! モフモフしていないけど!」
『誰がコ……ギニャアア‼︎』
「そいつはイズナだ」
煙の狐もとい、イズナを撫でまわす千代に、文字屋の鋭い声が飛ぶ。
「魂の在り方を決め、実体を表すのが名だ。
イズナは俺の家に憑いている管狐。今は俺が主人だ。お前の安直な仮名で、イズナの存在を汚すな」
「あだ名ぐらい、誰だってつけるじゃない。キミの”文字屋”も、あだ名でしょう?」
ぴくりと、狐耳が動き、ザワザワと空気が震えだす。
「”文字屋”は通称であって、仇名じゃない。意味を知らないまま言葉を乱用するな、人間」
『……に、人間。早く謝罪するのだ。これ以上、胡白様の機嫌を損ねて……ヒギャッ!』
千代はイズナごと両手を握り、腰に当てる。
わけの分からない場所に連れてくるわ、意味不明な言葉を並び立てるわ、勝手に原稿用紙と高い筆を使うわ。
腹が立つ理由は多々あれど。
千代が一番許せないのは、大切な晩ごはんを盗み食いした件について、いまだに謝罪がない事だ。
「あのね! 年上には敬語を使いなさいって、お父さんやお母さんに教わらなかったの?
そ・れ・か・ら! キミ、わたしの大切な晩ごは」
つかつか歩いてきた文字屋が、千代の眼前に原稿用紙を突きつける。
「不吉な名に払う敬意などない」
「はい⁈」
「お前なんかのために、貴重な文字を四文字も使わされるとは。全く以て迷惑な話だ。
この筆は代金として貰っていく。イズナ、帰るぞ」
文字屋がペンネームの書かれた原稿用紙を千代に押しつけ、筆を片手に背を向ける。
それを見て、怒りが波のように千代の全身に広がる。手の中から抜けでようとしたイズナの尾を、ぎゅっと力任せに握りしめた。
「なんなのよ、その態度は!!」
『ピギャアアア‼︎』
千代とイズナ、両者の叫び声は。
文字屋が立ち去ってもなお、黒と紫の中間色の空に響き続けた。
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