宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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(おーいなりさん、おいなりさーん! じゅわっとおいしい~おいなりさ~ん!)

 千代は嬉しさで頬をゆるませつつ、ステップを踏むような足どりで進む。
 提げた袋には、いなり寿司が二パック。

(ふふふ! お供えしたら、悪くならないうちにおげします! 神様も腐ったものは食べたくないでしょうし! わたしがおいしくいただきまーす!)

 商店街の裏通りを進んだ町角に、稲荷神社がぽつんとたたずんでいる。
 千代はあまざらしの鳥居の前で一礼し、手水舎ちょうずしゃで一連の所作を行い、左右を狐の像に囲まれた本殿ほんでんへ。
 賽銭箱さいせんばこの前でも一礼し、千代はいなり寿司のパックを置く。

(ええと……おじぎを二回、拍手を二回して……お祈り……)

 千代は二礼にれいし、胸の高さで合わせた両手で二拍手にはくしゅ
 目を閉じ、祈りをささげる。

(……ネームがボツになりませんように……ごはんのおかずが増えますように……)

 ヒョイッ、パクッ。

胡白こはく様! わしにも分けてくださいませ!』

大食おおぐらいめ。ほれ」

(宝クジが道に落ちていますように……拾ったクジが当たりますように……)

 ヒョイヒョイッ、パクパクッ。

美味びみ! 美味でございます!』

(うんうん。おいしいよね、いなり寿司……ん? んんん?)

「黙って食え。人間の前だぞ」

 そろ、そろり。
 千代は閉じていたまぶたを開ける。
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