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第一章・不吉なペンネーム
壱
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「ボツです」
顔色一つ変えずバッサリ言い切った女性が、テーブル上に原稿用紙を置く。
都心にある、動物漫画雑誌を発行している出版社。
入口近くの持ち込みスペースには、千代と編集の女性しかいない。
「凛凛先生。読みづらい、書きにくい、年齢にそぐわないの三重苦ペンネームですね」
「ペンネームでボツですか⁉︎」
「いいえ」
編集女性が原稿用紙を並べ直す。
筆のみで描かれた紙面を指し、クイッと分厚い眼鏡を押し上げた。
「先生。小動物、お好きなんですよね?」
「大好きです! 小動物のかわいさとモフモフ感を伝えたくて、筆運びに愛をこめました!」
「この積み木は」
「フェレットです!」
「この三角雑巾は」
「モモンガが飛んでいるところです!」
「この毛玉は」
「ハムスターが頬をふくらませているところです!」
「ボツですね」
「なんでですかぁぁぁぁ!」
「何を描かれているのか、まったく分かりません。
ああ、文字は綺麗ですね。さすが書道の先生」
「わたしは漫画家なんです! 文字をほめるより、漫画の良いところをほめて欲しいです!」
「ほめるところが文字しかありませんので」
にべもなく言い返され、千代はガクリと肩を落とす。
「先生。問題は画りょ……失礼。画材にもあると思います。筆から変えてみませんか? 今や漫画もデジタルの時代ですし」
「うう……画材って高いじゃないですか……スクールトーンとか」
「スクリーントーンです」
「パソコンも高いじゃないですか……晩ごはんのおかずが何品買えるか……」
「先生。もういっそ極貧生活をテーマに描かれてはいかがですか」
「小動物のかわいさを伝えたくて、漫画家になったんですぅぅ!」
「こほん。四コマ一本のみ掲載でも、漫画家と名乗る自由はありますからね。
ではいつも通り、次回の持ち込み予約は電話でお願い致します」
(おばあちゃん。またしばらく、ぬか漬けごはんの日々になりそうです……)
テーブルに突っ伏した千代に向かい、「本日もお疲れ様でした」と編集女性が頭を下げた。
***
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