宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

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第一章・不吉なペンネーム

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 ***

「ボツです」

 顔色一つ変えずバッサリ言い切った女性が、テーブル上に原稿用紙を置く。
 都心にある、動物漫画雑誌を発行している出版社。
 入口近くの持ち込みスペースには、千代と編集の女性しかいない。

凛凛りんりん先生。読みづらい、書きにくい、年齢にそぐわないの三重苦ペンネームですね」

「ペンネームでボツですか⁉︎」

「いいえ」

 編集女性が原稿用紙を並べ直す。
 紙面を指し、クイッと分厚い眼鏡を押し上げた。

「先生。小動物、お好きなんですよね?」

「大好きです! 小動物のかわいさとモフモフ感を伝えたくて、筆運ふではこびに愛をこめました!」

「この積み木は」

「フェレットです!」

「この三角雑巾は」

「モモンガが飛んでいるところです!」

「この毛玉は」

「ハムスターが頬をふくらませているところです!」

「ボツですね」

「なんでですかぁぁぁぁ!」

「何を描かれているのか、まったく分かりません。
 ああ、文字は綺麗ですね。さすが書道の先生」

「わたしは漫画家なんです! 文字をほめるより、漫画の良いところをほめて欲しいです!」

「ほめるところが文字しかありませんので」

 にべもなく言い返され、千代はガクリと肩を落とす。

「先生。問題は画りょ……失礼。画材にもあると思います。筆から変えてみませんか? 今や漫画もデジタルの時代ですし」

「うう……画材って高いじゃないですか……スクートーンとか」

「スクリーントーンです」

「パソコンも高いじゃないですか……晩ごはんのおかずが何品買えるか……」

「先生。もういっそ極貧生活をテーマに描かれてはいかがですか」

「小動物のかわいさを伝えたくて、漫画家になったんですぅぅ!」

「こほん。四コマ一本のみ掲載でも、漫画家と名乗る自由はありますからね。
 ではいつも通り、次回の持ち込み予約は電話でお願い致します」

(おばあちゃん。またしばらく、ぬか漬けごはんの日々になりそうです……)

 テーブルに突っ伏した千代に向かい、「本日もお疲れ様でした」と編集女性が頭を下げた。

 ***
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