宵闇町・文字屋奇譚

桜衣いちか

文字の大きさ
上 下
1 / 102

序章

しおりを挟む

 表通りから外れた町角に、ぽつねんとたたずむ一軒の古民家。造りは煙草屋に似ているが、看板も暖簾のれんもだしていない。

「ゲロゲーロ! ゲーロゲロ!」

 二重にした格子戸の玄関扉から、書生服の少年が姿を現す。
 ところどころ白髪の混じった黒髪が、彼の顔を鼻先まで覆い隠している。

「うるさい。読書の邪魔だ」

 ひさしの下で合唱していた雨蛙達を、少年の鋭い眼光が射抜く。
 ピンと立った狐耳と狐尾が、不機嫌さを物語っている。

「失敬な! 客でゲロ!」

「そうゲロ! 文字屋に頼みがあるゲロ!」

「代金、払えるんだろうな?」

「もちろんでゲロ! 我々は太っ腹ゲロ!」

太腹ふとばらの間違いだろう」

 溜息をついた少年が踵を返し、格子戸を閉じる。
 豆タイルで彩られたショーウインドウの中身はなく、古びた半紙が一枚。


 ──【文字、売ります】──


 ガラリと、ショーウインドウ上の扉が開く。
 狐耳を揺らした少年が、渋々といった様子で頬杖をついた。

「それで、何の文字が欲しいんだ?」
しおりを挟む

処理中です...