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 けれども、緊張感のない様子はそこまで。



 キリっと表情を引き締めた令嬢は、公爵を見てニッコリと微笑んだ。

「申し訳ありませんが、もう少し強く腕を捩じ上げていただけますか?」

 見つめられ一瞬で真っ赤になった公爵に構わず、トンデモない言葉が飛び出す。



(今度は嗜虐趣味ィ!?)
 周囲はどよめいたが、公爵だけは彼女から文字通り目を離せなかった。


(……ああ。若草色だ)
 目と目が合い、公爵の心臓はドクドクと脈打ってうるさいくらいだったが、言われた通りに給仕係の腕を更に強く捩じ上げる。

「が…ううっゴぉっ………モゴッ!」
 給仕係が痛みに呻いて口を開けたのを幸いと、令嬢は思いもかけぬ速さで、短く千切った緑の草を男の口内にガバっと詰め込んだ。

「なっ!何を……」
 奇抜な行動に理解が追い付かず、周囲の者たちが思わず声を上げる。
 


 ――と、

 給仕係の口内に詰め込まれた大量の草が、見る見るうちに茶色く変色していくではないか――

 


 誰もが呆然とする中、令嬢はポケットからハンカチを取り出すと、くしゃくしゃに丸めて給仕係の口内に詰め込んだ。

 引っこ抜いた草が大量に詰め込まれていたポケットに入っていたハンカチは、もうとっくにくしゃくしゃで、何なら根っこと同居していたせいもあり、土まみれなのを公爵は目ざとく観察していた。
 よく分からない魔物のような細長くよれよれの緑色が刺繍されていることも見逃さない。

(トレイに載っていたシャルム草も茶色く変色しかかっていた)
 同時になぜハンカチを男の口に詰め込んだのかも理解する。


 あんぐりしている周囲の様子に気がついて、令嬢はあわてて付け加えた。
「――ほら、犯人が取り押さえられた時って、小説とかだと奥歯に毒が仕込んであったり、舌を噛んだりして自害しちゃうじゃない?あれっていつも『えー』って思っちゃうのよね」
 
 令嬢の行動が余りにも予想外だったもののちゃんとした理由があって、周囲はハッとなった。

 驚いていない者が一人だけいる。
 侍女の表情は変わらないままだ。しかしこっそり最小限の動作で拍手をしている。
 一応主の行動を称賛している……らしい。
「皆さん黙ってしまったわ……。ねぇミラ、何かおかしなことしたかしら」

「いえ、お嬢様。これで窃盗罪に問われなくて済みますから上々です」

「えー……(気にするのそこなの)」
 もったいなかったわシャルム草……かわいそうに

 そう聞こえた気がするが、空耳だろうか……

 

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