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38話 五千回くらいしてる
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はるか昔、まだ帝国の初代皇帝アグレシアが生まれるよりも更に昔の時代。
人類は自らへ降りかかる災厄の前には無力だった。
度重なる魔獣による襲撃、時として国をも亡ぼす魔族の脅威、人同士での争い。
そして何より、魔王による一方的な蹂躙と破壊。
それらによってつくられたこの時代は、『暗黒時代』と呼ばれている。
この時代において、弱者は悲惨であった。
肌の黒い人間は、奴隷として扱われていた。男性は重労働で使いつぶされ、女性は言うことすらはばかられるような目に合わされていた。
私のような半獣人やハーフエルフたちは、人間からも獣人からも………ハーフエルフの場合はエルフからも異端と見なされ、どこにも居場所はなかった。
人間のように数の多さもある程度強力な肉体も持たず、かといって獣人のような圧倒的な筋力、或いはエルフのように優れた魔法や弓の能力も持たない彼ら彼女らは、大半が為すすべなく死に絶えていったに違いない。
ハーピーや蛇人、ドワーフといったいわゆる『亜人』はその中でも最も不遇であった。
魔獣や魔族だけでなく、人間やエルフ、獣人や竜種からも命を狙われている中で生き残ることは不可能に等しい。
この時代の中で人間やエルフ、獣人などに比べて数が少なかったにもかかわらず、最も死者が多いのはこの亜人だと言われているのだからどれだけ酷い環境だったかは容易に想像がつく。
そんな弱者たちは、この地獄にも等しい現状を打破する必要があった。
そしてそのために最も必要なのは、『仲間』だろう。
………集まって協力しだすのはある意味、当然であった。
当然、最初は十数人の集落に過ぎなかった。しかし、どんな者でも受け入れるというその集落にはまたたくまに弱者たちが集まった。
いつしか、集落は数えきれないほどの者が集まり、そして国となった。その国は周囲から『ナルカル連合』と呼ばれるようになった。
『ナルカル』というのは、当時の人々が弱者を馬鹿にするときに使った言葉だ。意味は、『一人では何もできない弱者』。ナルカル連合という名前は、何も出来ぬ弱者たちの集まりだという侮蔑の意味を込められていたのさ。
……まあ、確かに我々は弱い。だが、弱くとも、一人では強敵に立ち向かうことは出来なくとも、各々が集い協力すれば我々に出来ないことはない。そしてそれは、強きもの達には不可能なことだ。
だからこそ、だからこそだ。
我々は弱者であることを、強い絆で結ばれていることを、そしてこの国を誇れ。
………我々がナルカル連合の一員である以上、な」
演説を終えて壇上から降りる女に、聴衆から万雷の拍手が送られる。
今日も、連合の大統領であるコーデリア・エルトランドの演説は大好評であった。
「大統領!本日の演説もお疲れさまでした!凄いですよ、会場のどこからも拍手の音が鳴りやみません!」
壇上を降りたコーデリアに、ハーフエルフの部下が興奮しながら駆け寄る。
それに対して、サリアは少し苦笑しながら落ち着いて返す。
「ははは。そうは言っても、この演説は一体何回目なんだ?ボクが大統領に就任してから二百年は経つが、五千回くらいしてるぞ?………もう原稿を見なくても一字一句違わず言えるようになってしまったよ。流石に人民たちも飽きるのではないかね」
やや冷めた態度である彼女に、部下はそんなことはないと必死の形相で詰め寄る。
「そんなことはありません!!!今日も大統領の演説は大変すばらしく、何度聞いても飽きるなど絶対にありえません!飽きたなどと言った愚か者は一体どこです!?このエリー・ライトネアが叩き斬って見せますとも!」
「わ、分かった、分かったよ。君のその気持ちは分かったからもう良いって」
「むー………」
「むー、じゃない。それより、例の三者会談についてはどうなんだい?」
不満そうに頬を膨らますエリーに、なおもコーデリアは話を変えようと仕事の話についてしだす。
「了解しました、大統領………あーあ。あと三時間くらいは語れたんですが………」
残念そうにそう話すエリーの言葉を聞いて、彼女の犬のような耳はビクッとしていた。ドン引きである。
「いや、もう良いから。本当に………それで、帝国と二ホンの反応はどんな感じなのかな?」
そう聞くと、それまではポンコツな雰囲気を出していたエリーがキリっと表情を引き締めて話し出す。
「………………はい。まずはアグレシーズ帝国なのですが、今回の会談にかなり乗り気です。理由は不明ですが、帝国は日本と早々に講和をしたがっているようですね」
「あの帝国が講和をしたがる?帝国内部で何か問題でも起きたのかなぁ?」
それを聞いて首を傾げるコーデリア。
「それについては分かりませんが、帝国内でこれといった騒ぎは今のところないように思えます。ですから、外部との問題………ラファーあたりの上位列強との関係悪化で戦争になりかねない状況なのではないでしょうか?」
「そっかあ………なんかの外部の脅威に備えてるかもってことだね。まあ乗り気なのは良いことだ。じゃあ、二ホンの方はどうなんだい?」
そうコーデリアが問うと、エリーは苦々しい顔になった。
「はい、二ホンの方は―」
人類は自らへ降りかかる災厄の前には無力だった。
度重なる魔獣による襲撃、時として国をも亡ぼす魔族の脅威、人同士での争い。
そして何より、魔王による一方的な蹂躙と破壊。
それらによってつくられたこの時代は、『暗黒時代』と呼ばれている。
この時代において、弱者は悲惨であった。
肌の黒い人間は、奴隷として扱われていた。男性は重労働で使いつぶされ、女性は言うことすらはばかられるような目に合わされていた。
私のような半獣人やハーフエルフたちは、人間からも獣人からも………ハーフエルフの場合はエルフからも異端と見なされ、どこにも居場所はなかった。
人間のように数の多さもある程度強力な肉体も持たず、かといって獣人のような圧倒的な筋力、或いはエルフのように優れた魔法や弓の能力も持たない彼ら彼女らは、大半が為すすべなく死に絶えていったに違いない。
ハーピーや蛇人、ドワーフといったいわゆる『亜人』はその中でも最も不遇であった。
魔獣や魔族だけでなく、人間やエルフ、獣人や竜種からも命を狙われている中で生き残ることは不可能に等しい。
この時代の中で人間やエルフ、獣人などに比べて数が少なかったにもかかわらず、最も死者が多いのはこの亜人だと言われているのだからどれだけ酷い環境だったかは容易に想像がつく。
そんな弱者たちは、この地獄にも等しい現状を打破する必要があった。
そしてそのために最も必要なのは、『仲間』だろう。
………集まって協力しだすのはある意味、当然であった。
当然、最初は十数人の集落に過ぎなかった。しかし、どんな者でも受け入れるというその集落にはまたたくまに弱者たちが集まった。
いつしか、集落は数えきれないほどの者が集まり、そして国となった。その国は周囲から『ナルカル連合』と呼ばれるようになった。
『ナルカル』というのは、当時の人々が弱者を馬鹿にするときに使った言葉だ。意味は、『一人では何もできない弱者』。ナルカル連合という名前は、何も出来ぬ弱者たちの集まりだという侮蔑の意味を込められていたのさ。
……まあ、確かに我々は弱い。だが、弱くとも、一人では強敵に立ち向かうことは出来なくとも、各々が集い協力すれば我々に出来ないことはない。そしてそれは、強きもの達には不可能なことだ。
だからこそ、だからこそだ。
我々は弱者であることを、強い絆で結ばれていることを、そしてこの国を誇れ。
………我々がナルカル連合の一員である以上、な」
演説を終えて壇上から降りる女に、聴衆から万雷の拍手が送られる。
今日も、連合の大統領であるコーデリア・エルトランドの演説は大好評であった。
「大統領!本日の演説もお疲れさまでした!凄いですよ、会場のどこからも拍手の音が鳴りやみません!」
壇上を降りたコーデリアに、ハーフエルフの部下が興奮しながら駆け寄る。
それに対して、サリアは少し苦笑しながら落ち着いて返す。
「ははは。そうは言っても、この演説は一体何回目なんだ?ボクが大統領に就任してから二百年は経つが、五千回くらいしてるぞ?………もう原稿を見なくても一字一句違わず言えるようになってしまったよ。流石に人民たちも飽きるのではないかね」
やや冷めた態度である彼女に、部下はそんなことはないと必死の形相で詰め寄る。
「そんなことはありません!!!今日も大統領の演説は大変すばらしく、何度聞いても飽きるなど絶対にありえません!飽きたなどと言った愚か者は一体どこです!?このエリー・ライトネアが叩き斬って見せますとも!」
「わ、分かった、分かったよ。君のその気持ちは分かったからもう良いって」
「むー………」
「むー、じゃない。それより、例の三者会談についてはどうなんだい?」
不満そうに頬を膨らますエリーに、なおもコーデリアは話を変えようと仕事の話についてしだす。
「了解しました、大統領………あーあ。あと三時間くらいは語れたんですが………」
残念そうにそう話すエリーの言葉を聞いて、彼女の犬のような耳はビクッとしていた。ドン引きである。
「いや、もう良いから。本当に………それで、帝国と二ホンの反応はどんな感じなのかな?」
そう聞くと、それまではポンコツな雰囲気を出していたエリーがキリっと表情を引き締めて話し出す。
「………………はい。まずはアグレシーズ帝国なのですが、今回の会談にかなり乗り気です。理由は不明ですが、帝国は日本と早々に講和をしたがっているようですね」
「あの帝国が講和をしたがる?帝国内部で何か問題でも起きたのかなぁ?」
それを聞いて首を傾げるコーデリア。
「それについては分かりませんが、帝国内でこれといった騒ぎは今のところないように思えます。ですから、外部との問題………ラファーあたりの上位列強との関係悪化で戦争になりかねない状況なのではないでしょうか?」
「そっかあ………なんかの外部の脅威に備えてるかもってことだね。まあ乗り気なのは良いことだ。じゃあ、二ホンの方はどうなんだい?」
そうコーデリアが問うと、エリーは苦々しい顔になった。
「はい、二ホンの方は―」
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