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【双子、中学生になる】
023.次第に馴染む
しおりを挟む翌日、真人は言われたとおりに早めに家を出て、福博駅1階のショッピングエリア内の書店などで時間を潰しつつ、待ち合わせ時間の5分ほど前に“武士像”の前に着いた。
この武士像は江戸時代初期の藩主に仕えた武士を題材にしたものだ。主命で使いに出た先で大盃に美酒を賜り、飲み干せれば何でも褒美をやると言われてそれを一気飲みして、褒美に槍をもらって帰ってきた豪傑だと伝わっている。だからこの像も、槍と大きな盃を持っている。
「お兄ちゃーん、お待たせー!」
陽紅はほぼ時間通りにやって来た。だがその姿に思わず目が釘付けになった。
春らしく爽やかな、水色を基調にしたふわりとしたワンピースに白いクロップド丈の柔らかいジャケットを合わせ、頭にはつばが広くて頭頂部が丸い、なんか漫画とかで見るような、淡いクリーム色の帽子を被っている。
腰には赤褐色の組み紐みたいなデザインの細いベルトを合わせ、足元はこれまた真っ白なローファーで、折り返しにフリルのついた可愛らしい足首ソックスを履いていた。どう見たってどれも全部下ろしたてだ。
一方の真人は、陽紅がそこまで気合い入れて来るとは思ってもいなかったので、普通にジーンズとチェックのネルシャツに春物のジャケットというありふれた外出着である。
とてもではないが、こんな可憐な美少女の隣に立っていて釣り合いが取れるとは思えない。だがもう今さら着替えに戻ることも出来ないからどうにもならない。
「いや……お前」
「ん?なに?」
「めっちゃ気合い入れて来たな!?」
今日のこれ、ただ買い物行くだけだよな!?
「だってお兄ちゃんとデ、お出かけだもん。可愛くしたいじゃん」
「いや今デートって言おうとしたな!?」
「お・出・か・け!」
いやまあいいけどさ。これ絶対に陽紅の側を離れないようにしないと、速攻ナンパされるわガチで。
「蒼月は?」
「わたしたちがどっちも出かけるから、お姉ちゃんもお洗濯とか済ませてから図書館とか行ってくるってさ」
「そっか」
蒼月をひとりぼっちにしてしまうと思うとちょっと胸が痛むが、まあそれは仕方ない。他ならぬ蒼月のためだ。それに明日は陽紅を同じ目に遭わせてしまうわけで。
「で、どこ行くんだ?」
「んーとね、⸺」
「あー、それなら水神まで行ったほうがいいな。地下鉄乗るか」
「うん!」
ということで真人と陽紅は連れ立って、福博駅地下の市営地下鉄福博駅から、水神駅まで地下鉄で移動した。
地下鉄だから別に外の景色が見えるわけでもないのに、陽紅は移動中ずっと嬉しそうにはしゃいでいる。
「地下鉄ってさー、外の景色とか見えないのになぜか窓ガラスあるよねー」
「あーこの地下鉄な、ずーっと向こうまで乗ってくとそのうち地上に出るんだよ」
「え、そうなの!?」
「西区の、姪子浜かもうちょい先くらいでJR唐戸線に繋がっててね、それで唐戸線の電車も地下を走るんだよ。相互乗り入れってやつ」
「へーっ。だから地下鉄じゃなさそうな電車も走ってたんだぁ~」
あれはよその土地から来た人にも驚かれるらしいからね。まあ地元あるあるというか。
「今度は新幹線にも乗せてやるからな」
「え、新幹線って九北まで行くの?」
「いやいや、200円で新幹線乗れるから。往復で400円な」
「えっ、でも新幹線って確か特急料金?とかいるんでしょ?あと予約しなきゃって聞いたし」
「それが必要ないんだな」
JR福博駅は九州JR社の駅だけど、新幹線コンコースは西日本JR社の管轄で、福博駅は新幹線の終着駅になる。だから車両基地がすぐ近くの那珂町にあって、そこに地域住民の要望で新幹線の『福博南駅』ができているのだ。そしてそこから新幹線福博駅まで約10分、運賃200円で誰でも新幹線に乗れちゃうのだ。
おかげで那珂町の人たちは全国で唯一、新幹線通勤ができる町の住人として一時期ネットとかで話題になったことがある。そのおかげか人口も増えて、今年の10月には市制施行して『那珂市』になる予定だ。
「えー乗りたい乗りたい!」
「じゃあ今度、蒼月と3人でな」
「うん!」
『まもなくー、水神ー、水神駅に到着します』
「おっ話してたら着いたな」
相変わらず直ぐだなー。地下鉄乗ってから水神駅まで10分ぐらいしかかかんないもんな。
福博市って大都市なのに、中心部がコンパクトでどこ行くにも時間かからないから便利だ。空港だって地下鉄で水神とは逆方向に乗ったら5分くらいだし。福博空港って、『世界でもっとも市街地に近い空港』ってギネスに載ってるもんな。
「っと、陽紅、人多くなるからこっちおいで」
「えっ」
水神駅は地下鉄でもっとも乗降客が多い。特に今日は土曜だから、俺たちみたいに買い物や遊びに出る人たちでホームはごった返している。つまり乗る人も降りる人もたくさんで、うっかりしてると陽紅とはぐれてしまいそうだ。
こんな人混みで陽紅みたいな可愛い子を独りになんてしたら、それこそマジで拐われかねない。
「ほら、手、繋いでやるから」
「……あっ」
ん?なんかいきなり大人しくなったな?
「どうした?さっきまではしゃいでたのに」
「え……いや、な、何でもないよ……」
「いや何でもないってことないだろ。なんか顔も赤いし、どっか具合悪いのか?」
「な、何でもないってば!」
今度はなんか怒り出した。
なんなんだ?年頃の女の子の考えてることはよく分からんな~。
「まあ平気だっていうならいいんだけど。とりあえず地上に出て、水神ロフトあたりから回るか」
「う……うん、お兄ちゃんにまかせる……」
いや任せるって。どこ行きたいか考えてきたんじゃなかったのかよ!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
陽紅とロフトを回って、各階でウインドウショッピングを楽しんだ。いや別にウインドウショッピングをするつもりはなかったんだけど、陽紅は何を見ても嬉しそうにはしゃぐだけで特に買おうとはしなかった。多分プレゼントとしてピンと来るものがなかったんだろう。
昼になったので少し歩いてソラリアパレスへ。地下二階のレストラン街に向かった。
「すごい、美味しそうなお店がたくさんで迷っちゃう」
「陽紅はどこで食べたい?」
「オシャレなお店!」
ここらのお店なんてどこも全部オシャレだっつーの。
結局、普段食べないようなものをと真人が選んだのはフレンチレストランで、陽紅も美しく盛り付けられた料理の数々に目をキラキラさせて喜んだ。可愛い陽紅の可愛らしい笑顔を見れて真人も満足だ。
「でも、ちょーっと少なかったかなあ」
「よし、じゃあ追加でなんか食うか」
正直真人も食べ足らなかったので、大手チェーンのファーストフード店へ。
「わたしハンバーガー大好き!」
いやめっちゃ喜んでんな?つうかどこの店入っても喜んだんじゃね?
その後もふたりは水神の街中を散策しつつデパートなどを回った。大半は古くからある老舗だが、テナントの入れ替わりの激しい激戦区なので、来るたびに新しい店も品も増えている。真人も高校時代から何度も買い物や街遊び、デートなどでお世話になっているため、まだ数回した来たことのない陽紅を危なげなくエスコートしていく。
「お兄ちゃん、実はめっちゃ慣れてない!?」
「そりゃお前、この街に住んでもう10年くらいになるからな。勝手知ったる庭っつうか」
真人が福博区のマンションに家族と引っ越してきたのは高校入学とほぼ同時である。その頃すでに父とは半別居状態だったが、それでもまだ国内にいて頻繁に帰ってきていたから、今の家には一応父の思い出も残されている。ただやはり、真人の中では『母との家』という意識が強い。まあ名義は父だけど。
それから7年を過ごしてきて、真人もすっかり都会っ子気取りである。この先、双子も彼と同じようになっていくのだろう。
「まあ今の家で暮らしてれば、陽紅も蒼月もすぐ慣れてくよ」
「そういうもの、かなぁ?」
「そういうものだよ」
だって現にもう、最初嫌がってた人混みもあんまり気にしなくなってるだろ?
「⸺そっか。えへへ」
はにかんだように陽紅が微笑ったのは、きっと、真人の言うとおりに慣れていくのだと実感できたからだろう。この先もずっと3人で暮らしていくんだという事実を噛み締めて喜んでいるように、真人には見えた。
「まあそれはそれとして、俺たちふたりともまだプレゼント決めてないよな」
「あっ、そうだった。忘れてた!」
いやいや、それ忘れちゃダメだろ陽紅!
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