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【7年前】

016.新しい小学校

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 真人まことは双子を連れて、転校先となる比恵町ひえまち小学校へ向かった。今日はひとまず挨拶だけだが、双子にとっては初めての土地、初めての転校、初めての先生との顔合わせで、場合によっては都会の子供たちとの触れ合いもあるかも知れない。初めて尽くしのせいかやたらと緊張しているように見える。

「ふたりとも、緊張してる?」
「「うん……」」
「人見知りはするほう?」
「それは多分大丈夫ですけど……」
「前の学校じゃ、最初は全然友達できなかったから……」

 ああ、なるほど、と真人は内心頷いた。子供というのは異なる容姿の人間を無意識に排除する傾向がある。白銀の髪と蒼や紅のをした彼女たちは、黒髪黒の子供たちからすれば、さぞかし奇異に映ることだろう。
 この約2ヶ月で食生活には気を配っていたおかげで双子の容姿は初対面の時のような痩せた姿ではなく、子供らしいふっくらとした健康的な容姿になってはいるが、それでも小柄で、生来の細さもそのままだ。日本人離れした容姿は虐めの原因にもなりかねない。
 とはいえ学校の中まで真人が面倒を見てやるわけにはいかないため、担任はじめ先生方によくよくお願いしておかなければならないだろう。

 事務室で来意を伝え、校長以下教頭と担任予定の先生に面会して挨拶をすることになった。校長室隣の応接室で待っていると、先生方を引き連れて校長先生が入室してきたので、双子と一緒に立ち上がった。
 校長先生は初老の男性、教頭先生はそれより少し若いがやはり年配の男性、そして担任予定の先生は若い女性の先生だった。若いと言っても真人よりは歳上だろうが。

「はじめまして。犀川さいがわ 真人と申します。このふたりが今度こちらでお世話になる、綾 蒼月さつき陽紅はるかの姉妹です」
「はじめまして。姉の綾 蒼月です」
「妹の陽紅です」
「「よろしくお願いします」」

 緊張しながらも頭を下げると、双子も真似してぺこりとお辞儀をする。

「ようこそおいで下さいました。まあまずはお掛け下さい」

 校長先生はにこやかに挨拶を返しながら真人たちの向かいのソファに座ると、教頭先生と担任の先生を紹介してくれた。それに合わせて先生方も自己紹介しつつ名刺を渡してくれたが、入来いりきと名乗った女性の先生の様子がなにやらおかしい。顔を背けてプルプル震えている。

「あの、入来先生……?」
「かっ……」
「か?」
「可愛い~~~~!!」

「…………は?」

 一言叫んで顔をこちらに向けた入来先生の頬は紅潮し、目は潤み、なにやら吐く息まで荒い。思わず怯んでのけ反る真人には目もくれず、入来先生は双子に駆け寄った。
 いや本当なら双子の両方に抱きつきたかったのかも知れないが、ふたりは真人を挟んで座っていたので、実際に彼女が触れたのは蒼月だけだ。

「えっすごい真っ白な綺麗な髪!この子の蒼いもそっちの子の紅い瞳も神秘的!手足もすごいほっそりしてて透き通るような肌でお人形さんみたい!なにこれ本物!?生きてるの!?嘘でしょすごい!綺麗!可愛い!しかもふたりも!」

 先生は蒼月の手を取り、頬を撫で、髪を掬っては匂いを嗅ぎ、そのまま抱き上げて連れ去ってしまいかねない勢いだ。控えめに言っても目がイッてしまっていてちょっと、いやだいぶ怖い。
 そしてその様子を、校長先生も教頭先生も唖然として眺めている。

「ちょっ、先生……やめて下さい」
「やだ……もう、お兄ちゃん!」
「せ、先生落ち着いて!」

 蒼月だけでなく陽紅までドン引きして真人に縋ってきて、慌てて真人も割って入る。それでハッと我に返った入来先生はすぐに顔を真っ赤にして、自分が最初に座った席まで駆け戻り、そしてストンと腰を下ろした。

「ご、ごめんなさい……ホントごめんなさい。ちょっと我を忘れました……」

 蚊の鳴くようなか細い声で詫びて、先生はそのまま両手で顔を覆ってしまった。

 いやまあ気持ちは分からなくもない。この2ヶ月で双子はずいぶん肌艶も良くなったし、明るく笑うようになって真人の目からも日に日に魅力が増していると感じるほどだから。定期的に会っている有弥ゆみだって、「この子たち見るたびに可愛くなってくんだけど。犀川くん、手出したら絶対駄目よ?」とか何とか言ってくるほどなのだ。
 いやいくら何でも10歳の子供に手を出すはずがない。確かに双子はどちらも可愛いが真人には幼女趣味はないし、第二次性徴もまだなので、いくら可愛くとも見た目はあくまでも子供だ。真人にとっては異性ではなく歳の離れた妹にしか見えない。まあ妹ではなく従妹だが。

 ただ、このまま成長して彼女たちが中学生、いや高校生になってしまったら、果たしてその時にどうなるだろうか。真人もさすがにその点全く自信が持てない。だって今でさえ時々目を奪われるのに、あと数年経って女性らしく美しく成長したふたりの魅力に抗えるだろうか。
 彼女たちが絶世の美少女に成長するのはほぼほぼ確定事項なので、今から覚悟を育てておこうと真人は決めた。でないと、たった今やらかした入来先生みたいになってしまいかねない。それでふたりに嫌われたりしたら、真人はその先生きていける自信がなかった。


 その後の手続きもスムーズに終えることができ、住民票を福博市に移して引っ越しも終えた双子は、夏休みに入る数日前から新しく比恵町小学校に通うようになった。
 ようやくひと段落して落ち着いた真人も大学に復学し、バイトも再開した。まあバイトはクビになっては大変なので、この2ヶ月間も週一ペースで入れてもらってはいたのだが。

「ふたりとも、学校には慣れそう?」
「うん。みんな優しくしてくれるよ」
「先生も最初は怖かったけど、いい人ですし」

 どうやら同級生にも先生たちにも受け入れてもらえたようで、真人は安堵の息をつく。

「そっか、良かったな」
「でもね、休み時間のたびに上級生も下級生も私たちを見にクラスへやってくるんです」
「それでみんなから『すごい可愛い、綺麗、学校一の美人姉妹』とかって言われるんだよ。超恥ずかしい」

 どうやらあの時の入来先生と同じ反応をみんながしているらしい。そりゃ大変だろうなと思いつつ、ふと真人は聞いてみた。

「……へえ。同級生は来ないの?」
「同級生はいつもクラスで見てますから」
「なんかみんなで『私たちが蒼月ちゃんも陽紅ちゃんも守るから!』って、クラスに入って来れないようにしてくれるんだよ」
「…………ん?」
「あっ、四年生って1クラスだけなんです」
「えっ?」
「ていうか全学年1クラスしかないんだって」
「マジで!?」
「四年生って全部で28人しかいないよ?」
「ウッソぉ!?」

 比恵町小学校、2016年度の在校児童数166人。双子の転入を含めて168人である。自分の小学校時代には各学年とも3~4クラス、1クラスあたり40人近く在籍していた真人からすれば驚愕の事態である。

西郷前の小学校は全部で1000人近くいたのにね」
「四年生だけでも比恵町今の小学校の全校児童数くらいいたよね」
「だから校舎は三階建てだけど、余ってる教室がたくさんあるんです」

 福博区の人口は約25万人だが、15歳未満の人口はそのおよそ1割ほどでしかない。つまり小中学生を合わせても2万5000人ほどしかいないのだ。その中で小学四年生はさらに1割強、つまり福博区全体で3000人に満たない。
 それが区内各所に20校あまりある小学校に分散しているため、比恵町小学校のような都心部に近くて古くからの住宅街だが住民の少ない地域の小学校だと、在籍する子供たちの数自体が減っているのだ。
 普段からニュースで少子化だなんだと言われていて、真人自身も授業で人口ピラミッドを習った覚えがある。この先子供の数は減るばかりだと知識の上では知っていたが、実際に目の当たりにしたショックはなかなかに大きかった。




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【お詫び】
年齢を正確に計算し直した結果、9~10歳の子供は小学四年生なのに11話で『小学三年生』と書いてしまってました。訂正してお詫びします。
あと同じ11話で真人を『大学二年生』と書いていましたが、こちらも20~21歳だと大学三年生の誤りです。真人くん別に留年とかしてないんで。

なお今書いてるのは7年前、2016年の話です。もう少し書いたら双子が中学生になって、すぐに高校生に上がりますのでお楽しみに!




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