上 下
16 / 39
【7年前】

015.転居と転校

しおりを挟む


 真人まことが双子の後見人になってから1ヶ月の間に、双子の転居と転校が正式に決まった。元々予定していた事でもあり、事前にマンションの管理会社にもふたつの小学校にも話を通しておいたから、手続きはスムーズだった。
 シルヴィの死亡保険金も問題なく支給されることになった。手続きは有弥ゆみや彼女の父親の助言も受けつつ真人が行い、新たに作った双子の口座に均等に振り込まれた。

 引っ越しの準備も本格化し、依頼した引っ越し業者の協力も得て、双子のマンションの片付けも真人のマンションの部屋の片付けも進んでいる。最初は頑なに入室させてもらえなかったシルヴィの部屋にも、真人はもちろん引っ越し業者も入れてもらえた。
 入ってみたら入ってみたで特になんの変哲もない主寝室だったから、なぜ双子があれほど部屋に入れたがらなかったのか真人にはサッパリ分からないが、まあそれはもうどうでもいいことだ。

 転校とその日取りが決まって以降、真人は手続きや挨拶回りなどで何度か双子の通っていた西郷小学校を訪れていて、最後の日も彼女たちを迎えに行った。すでに7月に入っていて、本当なら一学期が終わるまでは西郷小学校で過ごさせてやりたかったが、真人が後見人になった以上は速やかに転居して同居生活を始めなくてはならないため、引き延ばしにも無理があったのだ。
 学校の応接室でふたりを待っていると、クラスでのお別れを終えた双子が担任に連れられてやって来た。妹の陽紅はるかは涙をこぼしてしゃくり上げていて、姉の蒼月さつきに手を引かれている。だがその蒼月も泣きたいのをこらえているのが見て取れる。

「蒼月も陽紅も、ちゃんと先生たちにも最後のお別れしような」
「はい……」
「うん……」

 目を真っ赤にしながらふたりは職員室で「ありがとうございました」と頭を下げ、先生たちの拍手で見送られた。
 双子の肩を抱きながら、3人で校舎を出て駐車場へ向かう。彼女たちは名残惜しそうに何度も校舎を振り返り、校庭を眺めて、学校の景色を目に焼き付けていた。

「逃げるのかよ!」

 そこへ棘のある言葉が投げつけられた。
 見ると、昇降口のところにひとりの男の子が立っている。小柄ながらも仁王立ちになり、目を吊り上げ肩を怒らせて、双子を睨んでいる。息を弾ませているところを見るに、教室からここまで走ってきたのだろう。
 見たところ、というかどう見ても双子のクラスメイトに違いない。

「……まもるくん」
「まだ決着ついてねえぞハルカ!逃げんなよ!」

 なんの決着なのか真人には分からないが、口出しするべきでもないので見守るしかない。

「そんなこと言ったって。もうお引っ越しも決まってるし」
「引っ越した先から通えばいいじゃねえか!」

 無茶言わないで欲しい。真人のマンションがある福博市とこの沖之島市とでは直線距離にして約20km以上離れているのだし、西郷小学校の校区からももちろん外れている。引っ越した先にも小学校があるのだから、転校するのが当然なのだ。

「守くん、私たち福博市にお引っ越しするって、何度も言ったよね」
「うるせーサツキ!そういう問題じゃねえ!」
「じゃああんたがウチまで来たらいいじゃない!」
「そんな遠いとこまで行けるかハルカのバーカ!」

 清々しいほどに理不尽な要求だが、小学生男子なんてこんなものだよなあ、とほっこりしつつ眺めている真人の目の前で、「守くん」と双子の言い争いは加熱していく。
 まあ要するに、彼は双子と別れたくないのだ。そして双子だって本当はお別れしたくないということに、彼は気付いていないのだ。なにも他県に出るわけじゃないのだから今生の別れでもないのだが、小学生だとそんなこともまだ理解できないだろう。

 彼と双子はどんどん感情的になっていき、陽紅などせっかく止まっていた涙をまたこぼしてしまっている。なので真人は少しだけ介入することにした。

「えーと、守くん、だっけ?」
「お前!この人さらいめ!コイツらを返せ!」
「お兄ちゃんに向かって何てこと言うのよ!」
「人さらいじゃありません!お兄さんは私たちを助けてくれたヒーローなんです!」

 ……ん?なんか評価が両極端過ぎないか?

 いやまあ彼にしてみれば、自分は仲良しの双子を連れ去る悪人にしか思えないだろうから、そこはまあいい。でもヒーロー扱いは…………まあ、施設に入れられそうになっていたのを助けたのは間違いないんだが。

「そうよ!もうわたしたちずーっと3人一緒だって約束したんだから!」
「なっ……!?」
「これから私たちはお兄さんの家で一緒に生活するんです。だってもう家族ですから」
「い、一緒に!?家族!?」
「だからそんなお兄さんを」
「こんな優しいお兄ちゃんを」
「「よりによって人さらい呼ばわりしたあなたアンタなんて大っ嫌い!」」

 自信満々に胸を張って仲良しアピールする双子に、守少年はどんどん青ざめていく。そしてトドメの大嫌い発言に顔を歪ませて膝から崩れ落ちた。「そ、そんな……嘘だろ……嫌だ……」とか何とか呟いているが、そんな彼に双子はもう一瞥もくれない。

「思い知ったかバーカ!」
「さ、行きましょうお兄さん」
「いや……あの子放っといていいの?」
「いいよバカだから」
「どうせ明日になったらコロッと忘れてますから心配いりません」

 とりあえず喧嘩するほど仲がいいのは分かったが、それにしては彼の扱いが酷すぎないだろうか。そう思ったが、両サイドから両腕を引っ張ってズンズン車の方に歩いていく双子に、真人は逆らうことができなかった。
 彼を安心させるために、高校や大学になればまた会えることもあるかも知れないよと声をかけてやりたかったのに、結局何も言い出せないままに終わってしまった。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


「お兄さん、疲れてますか?」
「…………分かる?」
「だってさっきからため息ばっかり」

 まあ少しくらいは勘弁して欲しい。転校と転居の手続きがこんなに大変だとか思いもしなかったのだから。

 元々有弥からは「転校と転居の手続きはまとめてやった方がいい」とは言われていた。それに合わせて必要な手続きや用意しなければならない書類などを大まかに教えてもらっていて、それを元に真人はひとつひとつ手続きを済ませていった。
 前の小学校では在学証明書、教科書給付証明書を発行してもらっていて、教科書給付証明書はもう転校先の小学校に提出済みだ。転校届も合わせて発行済みで、これは前の小学校に提出するものだから記入して提出し終えてある。あとは転校先の小学校で教科書や机などの受け入れ準備が整えば、いつでも登校が可能になる。
 だがその前に、沖之島の市役所で発行してもらった転出証明書を福博市の福博区役所に提出して、住民票を移動させなければならない。区役所で在学証明書を提示して、転入学通知書を発行してもらわなければ転校手続きが終わらないのだ。

 というわけで、真人は今双子を連れて福博区役所にやって来ている。彼女たちは、どこかのんびりした雰囲気のあった沖之島市役所とのあまりの違いに目を丸くしている。

「すごい、人が多い……!」
「え、今日何かイベントでもあるんですか?」
「いや、普段からこんな感じじゃないかな?」

 とか言いつつも、普段は区役所なんて用もないので様子が分からないが。でもまあ、こんなもんだろと真人は気安く答える。

「福博区だけで25万人くらい住んでるからね」
「沖之島の倍ぐらい!?」
「福博市全体では確か150万人超えてたと思う」
「沖之島の10倍!?」

 福博市は政令指定都市なので、市の下部区分として「区」が設けてある。福博区のほか東区、西区、港区、南区、城西じょうさい区、曲渕まがりぶち区の七区で構成されており、都市の玄関口であるJR福博駅も福博空港も福博区にある。
 福博駅周辺は市の中心地で、真人の住むマンションはそこから少し南に下った古い住宅街にある。古いとはいえ明治以降ずっと福博市の中心地だった場所でもあり、周辺は開発されきっていて、周りにはマンションやオフィスビルばかりだ。

「でも最初に来たときから思ってましたけど、周りビルばっかりですよね」
「うん。地面が全然ない」
「まあそこはね。市の中心部に近いから」

 緑地といえば、マンションから少し川の方へ歩けば小さな公園がある。そのほか駅の方へ行けば途中でやや広めの公園が、逆に南の方へ行けば小さな野球場を備えた大きな運動公園がある。あとは車道沿いに街路樹が植わっている程度だ。

「これから、この街で暮らすんだね」
「……そうね。私たちも慣れないと」
「まあ、そこはゆっくりでいいんじゃないかな。ひとまずは小学校までの道のりと、付近のコンビニやスーパーとか公園とかを覚えておけばいいよ」

 周りには田畑や小川があり、見渡せば山稜が望めて空も広かった沖之島から、ビルとマンションとアスファルトに囲まれたこの土地での新たな生活。双子の顔は、心なしか緊張に包まれているようでもあった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...