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【7年前】

009.“兄妹”の距離感

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 荷造りも昼食も終えて、真人まことは双子を連れて再び沖之島の双子の家に戻った。満腹になって気が緩んだのか、双子は車が動き出してすぐに後部座席で眠ってしまったので、帰りの道中は静かなものだった。
 戻ってからは、早速荷物の片付けにかかる。大きなものは業者を呼んで任せることになるが、今のうちに自分たちでできることだけでも、少しでも手を付けておいた方がいいだろう。
 とか思ったのに、母の部屋の遺品整理は手伝わなくていいと双子に締め出されてしまった。

「え、ホントに手伝わなくていいの?」
「いーの!」
「でも重いもの運ぶとか力の要る作業とか」
「大丈夫です」

 蒼月さつき陽紅はるかも、にべもなかった。
 ええ……やっぱまだ信用されてないのかな……。


 結局、夕方までふたりは母の部屋から出てこなかった。その間やることも特にないので、真人は自分の荷物から取り出せるものだけ取り出して、あとはリビングを掃除したりTVを見たりスマホをいじったりして過ごした。
 リビングにある棚の上に、写真立てに収められた家族写真が置いてあった。今よりもっと幼い蒼月と陽紅と、彼女たちの肩を抱いた、ふたりによく似た長い金髪の女性が写っている。その隣には漣伯父の姿もあった。もうひとり写っているようだが、漣伯父とは反対側の一番端に写っている上に、何故かその部分だけ破り取られていて左腕だけしか分からない。大人の男性のようだが誰なんだろうか。

 そういえば、まだ真人が使う部屋を決めていなかった。3LDKだと言っていたから、どの部屋を使えばいいのか、あとでふたりと話し合わなくては。場合によっては、というか間違いなく片付けが必要になるだろう。

「お兄さん」

 と、そこへ蒼月がやって来た。

「私たちもう少しかかるから、良かったらお兄さん先にお風呂使って下さい」
「え、いいのか?」
「はい。お兄さんは車もたくさん運転して疲れてると思うので」

 普通なら、家族でもない男に先に風呂を使わせるなんてそうそうないと思うんだが。
 でもまあ、気遣ってくれてるのはありがたい。

「それよりもさ、俺は今日からどこで寝起きしたらいいかな?」
「あ、それだったら客間代わりのお部屋がありますから、そこで」

 蒼月に案内されて向かったのは玄関から一番近い部屋だった。六帖にやや満たぬ程度の洋室で、ベッドとクローゼットの他に小さな衣装箪笥と書き物机と椅子が置いてあり、客間というよりこれは……

「うちにいた頃はお父さ……れんさんが使ってた部屋です」
「いやそこは『お父さん』でいいんじゃないかな」

 りょう伯父からは漣伯父の認知があるか確認すると言われているが、真人としてはこの子たちは伯父の娘、つまり従妹という認識なので、そこの親子関係は疑っていない。というかその前提が崩れたら色々と話が変わってきてしまうし、それはそれで面倒だ。
 漣伯父がちゃんと籍を入れてさえいれば、そうした煩わしさも軽減されたはずなのだが、それはもう今さら言っても仕方ないことだ。

「その、私たちも『お父さん』って呼んでたんですけど、今考えるとあの人がいたのってなんです」
「……え?」
「具体的には私たちが小学校に上がる前の幼稚園の時から、去年までです。5歳から9歳までの4年間しかこの家に住んでいませんでした」
「…………そうなの?」
「はい」

 待て待て、そしたらもしかしてこの子たちは伯父の実子じゃない可能性も?

「でも、お父さんって呼んでたんだよね?」
「はい。お母さんも『あなたたちのお父さんよ』って言ってたんで、それで……」

「じゃ、お母さんを信じよう。ね?」
「はい……」

 頭がこんがらがって来て、ひとまず真人はこの問題を棚上げした。どうせ必要になることだが、近いうちにこの子たちの戸籍も確認しなくてはならないなと思いつつ、でもとりあえず今日はもういいや。うん。


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇


 結局、真人は蒼月の言葉に甘えて先に風呂を使わせてもらった。上がってきてリビングで髪を拭いていると陽紅がやって来て、「あーっ、お兄ちゃんだけお風呂入ってずるい!私も入ってくる!」と叫んで自分の部屋に駆け込み、そのまま着替えを持ってバスルームに突撃していった。
 それを半ば呆れ顔で見送った蒼月と、晩ごはんをどうしようか相談する。何となくピザが食べたくなって提案してみると、蒼月が食べたことないと言うのでデリバリーを頼んだ。ハーフ&ハーフの小サイズを2枚、計4種類の味を楽しめるようにして、サイドメニューのフライドポテトとナゲットも注文した。陽紅の意見を聞かなかったが、まあいいだろう。……いいのか?

 陽紅がお風呂から上がって少ししたらデリバリーも到着したので、代金を支払いリビングで広げる。自分の意見を聞かなかったと怒っていた陽紅も美味しそうな匂いにすっかり機嫌を直して、どれから食べようか悩んでいた。


 ピザを食べ終えて、今度は蒼月が風呂に行った。彼女がいなくなったことでリビングには必然的に真人と陽紅のふたりだけになる。

「……ん、どうした?」

 その陽紅が席を移動して、真人の隣に座り直したので聞いてみた。
 いや近くない?ていうか風呂上がりのいい匂いがするんですけど?

「えへへー。何でもない」

 いや何でもないって陽紅さん、そんな嬉しそうな顔してもたれかかってきて上機嫌ですね!?「ピザ美味しかったねー」っていや抱きつくんじゃないよ!?

「なんだ、甘えんぼさんか?」
「たまにはいいじゃーん」

 たまには、っていうかまだ会ってから何日も経ってないよね!?
 なんだろう、なんかやけに距離が近くないか?そこまで懐かれるほど仲良くなったっけ?

 混乱しつつも、仲良くなること自体は歓迎なので真人はされるがままだ。というかここで無理に引き離したら悲しまれるような気がするし、それで機嫌を損ねて嫌われでもしたらあとが困るので引き離せない。

「お兄ちゃん、シャンプーのいい匂いするー」
「いやお前もね!?」

 結局、真人は陽紅に抱きつかれたまま彼女ととりとめもない話をするハメになった。お兄ちゃんが欲しかったとか、優しくしてくれて嬉しいとか言われても、まだそこまで仲良くなった覚えもない真人は戸惑うしかない。

「ちょっと!陽紅なにしてるの!?」

 と、そこへ蒼月が上がってきた。真人に抱きついている妹に驚いてすぐにカッと頬を染め、そしてあろうことか陽紅の反対側に陣取って同じように抱きついてきたではないか。

「いや、ちょっと!?」
「陽紅だけなんてズルい!」
「お姉ちゃんは昨日抱きついてたもーん!」
「陽紅だって一緒に抱きついてたじゃない!」
「待て待て待て!」

 両側から抱きつかれて真人は身動きが取れない。ふたりともまだ10歳だから女性に抱きつかれている感覚こそないものの、それでも相手は美少女で、しかも風呂上がりのいい匂いで体温も高いのだ。
 幼女趣味などないはずなのに、それでもちょっとクラクラして、どうしていいやら反応に困る。というか気を緩めたら反応しそうでヤバい。

 だが結局、真人はふたりを引き剥がすのを諦めた。胸元に顔を寄せてくるふたりのその顔がなぜだかとても幸せそうで、その顔を曇らせたくなかったのだ。だからひとつため息をついて、真人はふたりの身体を抱きしめてやった。

「これから、3人で一緒に暮らそうな」
「「うん」」
「ずっと仲良くしような」
「「うん」」
「ふたりとも、よろしくな」
「はい、よろしくねお兄さん」
「ずーっと一緒だからね、お兄ちゃん!」

 果たしてこれは“兄妹”の距離なのだろうか。そう思ったが真人は口にしなかった。ひとりっ子だった真人にはそもそも兄妹の距離など分からないので、考えても無駄だと諦めた。
 しかし母親の部屋に入れてくれなかったり、こうして無邪気に抱きついてきたり、このふたりの中で俺への扱いってどうなっているのだろうか。
 もしやこれはアレか。『女心はよく分からん』というやつか。

 そうして、3人はそのまま眠くなるまで抱き合っていた。





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