【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
2 / 6

反撃開始

しおりを挟む


 第三王子は子供の頃から決められていた、この婚約者が嫌いだった。
 彼女はまだ幼かった頃からいつもどこかオドオドしていて、子供らしい快活さもなく、一緒の時間を過ごしても少しも楽しくない相手だった。長じるにつれて容姿や体型はそれなりに美しく成長していったが、オドオドして自己主張をしない性格はそのままで、自分を美しく着飾ることもせず、会うたびに気分を下げられたものだった。
 だが彼女との婚約は王家と伯爵家の政略によるもので、王子本人の意向などお構いなしである。事実上王太子にはなれず、そのスペアとしての役割も期待されない第三王子は将来的に臣籍降下するか、どこかの貴族家に婿養子として入って王家と国家の政略に寄与するしか道はない。それは分かっていたものの、それでもこの女を妻とすることは不満であった。

 だから王子はわざわざシーズン終わりの夜会を狙って、衆人環視の中彼女を辱める暴挙に出たのだ。伯爵家ごとき家格で王子を婿にもらえるのだ、婚約破棄をチラつかせればその名誉を失うことを恐れて泣き縋り、婚約を破棄しないでくれと懇願するだろう。
 それを寛大に許してやれば、それ以後彼女は絶対に逆らうことなどできなくなるはずだ。

 それこそが王子の狙いであった。寛大な優しい王子との評判も立つだろうし、そうして精神的に支配してしまえば、あとは文句を言われずに済む。というか愛人ならもう今手に抱いているが。
 さすがに伯爵家の血筋を断つわけにはいかないから白い結婚とすることはできないが、彼女は彼女でそれなりに整った容姿でスタイルもよい。これはこれでだ。


 それまで俯いて震えるだけだった婚約者イザベラ──実のところ王子は彼女を脅しているだけで婚約を破棄するつもりなどない──が、バッと顔を上げた。その顔が、眼鏡の底のその瞳が一直線に王子じぶんの顔面を捉え、思わず気圧される。

「本当でございますか?」

「えっ………あ、何がだ?」
「ただ今、『何でも言ってよい』と、殿下が」

「あ、ああ。言ったぞ」
「それは、、ということでよろしゅうございますか?」
「お、おう」

 わけも分からないまま、王子は自分の発言を肯定する。
 それこそが、破滅への序曲だとも気付かずに。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 それまで震えるばかりだった伯爵家令嬢イザベラが、急にぴしりと背筋を伸ばし、真っ直ぐに王子を見据えた。分厚いレンズに隠されているはずのその眼力があまりに強くて、思わず王子は一歩後ずさった。
 なんだ、一体何が起ころうとしているのだ?

「では恐れながら申し上げます」

 静かに、だがはっきりと言葉を紡ぐ彼女の顔には、もう恐れの色などどこにも見えない。

「わたくしという婚約者がありながら、殿下がを寵愛なさっておられること、平素より苦々しく思っておりました」

 その物言いはまだ柔らかいものだったが、それでも直接の非難には違いない。初めてそのような物言いをされ、王子は鼻白む。

「婚約の破棄、承りました。当然、殿下の有責ですがよろしいですわよね」
「な………!そんなわけがなかろう!貴様の責に決まっておるわ!」
「あら。そのように堂々としておいて、どの口が仰るのかしら?」

 彼女は今独りで立っている。対してその婚約者であるはずの王子は婚約関係にない女性の腰を抱いていた。それに気付いて、王子は慌てて手を離したがもう遅い。

「そちらのご令嬢だけではありませんわね。わたくしの知る限りでは他に5~6人、長い方はもう3年になりますか」
「「「「「えっ!? 」」」」」

 王子と、その隣にいる愛人の子爵家令嬢の声が綺麗にハモった。
 それだけでなく、先ほど証言者として前に出てきた3人の令嬢たちの声も何故か綺麗に重なった。

「あら。のね」

 そう。彼女たちもまた王子の浮気相手だったのだ。
 小柄な令嬢は背丈に見合わぬ豊満すぎるバストが、痩せぎすの令嬢はドレスに隠された素晴らしい美脚が、そしてぽっちゃりの令嬢はすべすべもっちりの素肌とどこまでも柔らかなヒップが、それぞれ王子のだった。
 なお王子が今抱いているの愛人は、すでに肉体関係を持っていて相性抜群だった。

「わたくしはそちらの彼女への虐めなど一度たりとて行った覚えはありません。そもそも初対面ですし、彼女の名前さえ知りません。もちろん名乗ったことも、名乗られたこともありませんわ。
当然、あちらのお三方のご主張も事実無根ですわ」

「う、嘘をつくな!」
「王族に対して虚偽を述べるなどという明らかな罪を、この期に及んでわたくしが犯すとでも?」

 いつの間にか、婚約者イザベラの顔には薄っすらと笑みすら浮かんでいる。表情を隠し内心を悟らせないようにする淑女の微笑アルカイックスマイルだ。
 その顔が、いつもと変わらぬ野暮ったい眼鏡に隠された顔が、今はなぜか誰の目にもゾッとするほど美しく見える。

「元よりわたくしたちの婚約は政略によるもの。殿下への恋慕もないわたくしとしましては、殿下がどれだけ浮気なさろうと正直どうでも良かったのですが、」
「な………!?」
「それでも婚約関係にあるからには苦言のひとつも呈さねばこちらの非となりかねませぬ。それゆえの忠言でしたが………まさかそのようにされるとは」
「き、曲解だと!?」
「わたくしが、嫌がらせ?何故そのような事を致さねばならぬのでしょう?」
「そ、それは、そなたが嫉妬から」
話を聞いておられなかったのですか?殿下への恋慕など微塵もありませんわ」

 堂々と、淑女の微笑アルカイックスマイルを浮かべて断言する婚約者イザベラに、王子は二の句も継げなくなった。





しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄令嬢は、前線に立つ

あきづきみなと
ファンタジー
「婚約を破棄する!」 おきまりの宣言、おきまりの断罪。 小説家に○ろうにも掲載しています。

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

婚約破棄は結構ですけど

久保 倫
ファンタジー
「ロザリンド・メイア、お前との婚約を破棄する!」 私、ロザリンド・メイアは、クルス王太子に婚約破棄を宣告されました。 「商人の娘など、元々余の妃に相応しくないのだ!」 あーそうですね。 私だって王太子と婚約なんてしたくありませんわ。 本当は、お父様のように商売がしたいのです。 ですから婚約破棄は望むところですが、何故に婚約破棄できるのでしょう。 王太子から婚約破棄すれば、銀貨3万枚の支払いが発生します。 そんなお金、無いはずなのに。  

処理中です...