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そして、彼はいなくなった

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「いやあ済まんね」

 ふたりが別室に下がり、侍女たちの用意した紅茶を飲んでひと息ついていると、国王夫妻が入室してきた。おそらく会場の貴族たちには簡単に事情を説明するに留めて、すぐに中座してきたのだろう。
 夫妻はもうひとりの息子である第二王子を伴っている。

自室に軟禁しとったんじゃが、どうもみたいでの」


 元王太子、いや第一王子は3ヶ月前、長年の婚約者であった公爵家令嬢に冤罪を被せて婚約破棄するという暴挙に出た。それも国王夫妻が外遊に出ている隙を見計らって独断で事に及んだのだ。国王夫妻が報せを受けて慌てて戻ってきた時にはもう婚約者の交代が勝手に発表された後で、国王ですら揉み消すのは不可能になっていた。
 だからやむを得ず、婚約者の交代を認めるほかはなかった。だが事実関係が詳しく調べられ、その結果公爵家令嬢に被せられた罪は全て冤罪だと確定した。そのため彼女にはなんら瑕疵はないとして、婚約は破棄ではなく元王太子有責での解消ということになっている。
 ちなみに元王太子が公爵家令嬢との婚約を破棄したのは、全てにおいて自分より優れている彼女を疎んじた結果であったらしい。

「軟禁………ですか」
「どうも例の婚約破棄アレを周り全員に責められたことで、挽回しようと焦るあまりに心を病んでしまったみたいでねえ」

 王太子は公爵家令嬢との婚約を勝手に破棄したことを両親から厳しく叱責され、宰相や公爵など多くの人々からも批判され、自ら選んだ男爵家令嬢の王子妃教育を責任持って全うさせるよう厳命が下った。
 だが男爵家の娘程度にそもそも王子妃教育などこなせるわけもない。それでも彼女はできないなりに頑張ってはいたが、教育は遅々として進まず、元々王子の寵愛も王妃の地位も欲していなかった彼女は嫌がってサボろうとする。
 そうして全てが思い通りに行かなくなった状況の中、王太子は批判と叱責に晒され続けて苛立ちと焦りとプレッシャーとにさいなまれ、人知れず心を病んでいったのだ。

 国王夫妻や重臣達がようやくそれに気付いたのがおよそ10日前のこと。その時点で廃嫡が確定し自室への軟禁措置が取られ、代わって第二王子が新しく立太子されることが内定していた。彼は元々兄のスペアとして自身も王太子教育を受けていたこともあり、あとは第一王子を廃立する口実さえ整えればすぐにでも交代させる手はずだったのだ。
 だがあくまでもそれは内定であり、まだ公表されておらず現時点で知る者は現婚約者である男爵家令嬢、元婚約者である公爵家令嬢とその父の公爵、それに宰相や侍従長などごく一部であった。あまつさえ、王太子が精神を病んでいることは国家機密扱いであり、軟禁されていた事実に至っては王家以外に知らされていなかった。

「王太子を交代させるまで大人しくしててくれれば、その後じっくりと治療に専念させるつもりだったんじゃがなあ」


 つまり、舞踏会に現れた元王太子は軟禁された自室を抜け出してのであり、廃嫡が決まっていたのだから彼が何を言おうともそもそも無効であった。だが正式な公表前に再びやらかされた婚約破棄の収拾をつけるため、予定を大幅に狂わせて舞踏会の場で廃嫡と幽閉を公言する他はなかったのだ。

「ホント、ふたりとも済まなんだねえ……」

 威厳の欠片もない国王だがそれもそのはず、正当なる王統は王妃のほうであり彼は本来なら王配であったはずの人物である。善良かつ温厚で人当たりの柔らかさを評価され、民衆受けを考慮して表向きは王ということにしているだけの、元子爵家子息だ。
 だがその彼でさえ、元王太子我が子のやらかしに頭を抱えるしかない。特に無用な恐怖を味わわされた新旧ふたりの婚約者にはいくら詫びても詫び足らない。なのに“国王”だから簡単には詫びれない。
 だからこそ王はふたりをわざわざ別室へと下がらせたのだ。非公式に謝罪するために。

「いえ、勿体なきお言葉」
「陛下もお辛かったんだから、謝ることないですよ」
「君たちホントいい子だねえ」

 脳天気に見える国王の表情にも、さすがに疲労と苦悩の色が濃い。

「あなた。ここは非公式の場だからあまり厳しくは申し上げませんが、もう少し立場というものをですね」
「あっ、ハイ」

 そして事実上の女王である王妃つまにも頭が上がらない国王である。

「とはいえ、あれでも我がはらを痛めて産んだ可愛い子。わたくしたちも対応が甘くなったことは事実です。その点、わたくしからも謝罪をさせて頂戴」
「いえいえ、そんな」
「王妃陛下が一番お辛いはずですわ」
「それでね」

 しおらしく詫びた王妃だが、次の瞬間にはキラリと目を光らせて。

「お詫びと言ってはなんだけれど、公爵家令嬢あなた第二王子この子の婚約者になるつもりはないかしら?」
「………………はい?」

 転んでもただでは起きぬ。そして王子妃教育をほぼ修了している逸材を逃すつもりもないようである。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局、第一王子は乱心したということで廃嫡の上幽閉と公式に発表された。それとともに第一王子の婚約の解消と、第二王子の立太子、そして公爵家令嬢との婚約が発表された。
 男爵家令嬢は裏事情を詳しく知るだけに放免とはならず、王太子妃つき侍女として王宮での出仕が決まった。第二王子と公爵家令嬢との正式な婚姻までに侍女としての心構えや仕事内容などを叩き込まれる予定である。

「うええ、また勉強~!?」

 そこは諦めてもらうほかはない。何しろ王家としてはのだから。


「よ、よろしくお願い致しますわ」
「うん、やり辛いだろうけど、よろしくね」

 第二王子改め王太子と公爵家令嬢との仲は、現在のところ良好である。元々王宮内で頻繁に顔を合わせていたこともあり、まだぎこちなさはあるものの互いにある程度気心の知れた仲なのだから、おそらく心配はないだろう。


 第一王子のことは、結局あの場の誰もが口を閉ざして、そのうちに忘れ去られた。王家からも幽閉以後の情報がぱったりと出てこなくなり、それも忘却を後押しした。
 このまま数十年、百年と経っていけば、おそらく存在すらになるだろう。


 そして王国は平穏を取り戻した。
 ただ、彼がいなくなったのみである。





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