上 下
1 / 3

前編:誤解と冤罪

しおりを挟む


「今この時をもって!そなたとの婚約を破棄する!」

 婚約破棄、ですか?
 わたくしたちが婚約してわずか3ヶ月。まだ3ヶ月…と言いたいところですが、殿下にはきっと長かったのでしょう。
 まあ仕方ありませんね。はい、承りました。

「何故破棄されるのか知りたいか?」

 いえ、特に。
 多分というか、予測はついていますから。

「そなたはいつもし蔑ろにした!私だけではない、そなたはそうだな!」

 いいえ。ちゃんとしておりますよ。
 ちっとも聞いて頂けないだけで。

「そのような冷淡な女など、いくら美しくとも私の妻として、次期王妃として相応しいはずがなかろう!よって婚約を破棄するのだ!分かったか!」

 そんなに大声で青筋立てて怒鳴らなくても、わたくしはちゃんと聞こえておりますよ。
 ただ、は相変わらず聞いて下さいませんのね。

 忌々しげにわたくしを睨みつける王子殿下。わたくしの婚約者、でした。つい先程までは。
 ですが、王妃陛下主催の夜会であるのにわたくしのエスコートもして下さらなかったばかりか、衆人環視の中こうして婚約破棄まで突き付けるのですもの。もうわたくしたちの関係もこれまでですわね。

 ですが、殿下のお言葉の中でただひとつ、わたくしが王妃として相応しくないという点だけは全面的に賛同致しますわ。

 さて、殿下の婚約者でも何でもなくなったわたくしはこの場に居残る資格も失いましたわね。ですからお暇させて頂くとしましょうか。
 そう思って優雅に淑女礼カーテシーをして、わたくしは踵を返しました。

「待て!」

 ですのに、何故か殿下がわたくしを呼び止めます。

「何か言うことがあるだろう?」

 再度振り返ったわたくしに、憎々しげな目を隠そうともなさらないで、殿下が言葉を投げつけて来られます。
 仕方がありませんので、わたくしは確実に意図を伝えるために、ふるふると首を左右にゆっくりと振りました。

「貴様、この期に及んでなおだんまりか!何とか言ったらどうなんだ!」

 なのに。殿下はますますお怒りに。
 ですから、『何も言うことはない』と首を振ったでしょう?何故伝わりませんの?

 それ以上の意思疎通の手段となると………少し手間ですがやむを得ません。

 わたくしはドレスに特別に作ってもらっているから、手帳とペンを取り出しました。
 表紙をめくり、まだ何も書いていないページを開いて、そこにペンで───


 そのペンは、無情にも男性の手で払い飛ばされてしまいました。
 見上げると、怒りに満ちたお顔の殿下が目の前まで来ておられました。

「貴様ッ!など!私を愚弄するのも大概にいたせ!」

 そうして、わたくしは頬を張られました。
 殿下の、男性の強い力に耐えきれず、わたくしは広間の床に崩れ落ちます。手に持った手帳が撥ね飛ばされ、宙を舞いました。

「度重なる不敬、もう我慢ならん!
おい!この女を捕縛し牢へ放り込め!地下牢でよいぞ!」

 なぜ。
 なぜなのですか。
 地下牢とはあんまりでございましょう。

 わたくしにのは殿下ご自身ではありませんか。
 どれほども聞いては頂けず、もっと確実な手段を取ろうとすれば愚弄したなどと。言い掛かりにもほどがございます。
 その上さらに、わたくしを不敬の罪人だと扱うのですか。

 視界が涙で滲みます。
 口の中ではうっすらと血の味がいたします。先ほどの平手打ちで口の中を切ったのでしょう。

「殿下」

 その時、シーンと静まり返っていた会場に、殿下以外の男性の声がいたしました。
 声の方に目をやると、殿下がわたくしの捕縛をお命じになった警護の騎士様です。

 その手に握られていたのは、わたくしの手帳。

「おそれながら、ヘレン様は、本当に殿下を無視なさっていらしたのでしょうか」
「………なんだと?」
「この手帳をご覧下さい」

「そんな落書きなど見て何になる。不敬の証拠でしかなかろうが!」
「いいえ。これはでございます」

 騎士様はそう仰ると、手帳を開いて殿下に見えるように持たれました。

 そこに書かれていたのは。


『殿下のお好きなお色はなんですか?』
『殿下の好物をお聞かせください』
『殿下にはご趣味はおありですか?』
『殿下のお好きな場所に、わたくしも連れて行って頂けますか?』


 それは、わたくしが殿下におたずねしようとして書き留められた『言葉』たち。
 結局殿下に伝わることのなかった『言葉モノ』たち。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

選択を間違えた男

基本二度寝
恋愛
出席した夜会で、かつての婚約者をみつけた。 向こうは隣の男に話しかけていて此方に気づいてはいない。 「ほら、あそこ。子爵令嬢のあの方、伯爵家の子息との婚約破棄されたっていう」 「あら?でも彼女、今侯爵家の次男と一緒にいらっしゃるけど」 「新たな縁を結ばれたようよ」 後ろにいるご婦人達はひそひそと元婚約者の話をしていた。 話に夢中で、その伯爵家の子息が側にいる事には気づいていないらしい。 「そうなのね。だからかしら」 「ええ、だからじゃないかしら」 「「とてもお美しくなられて」」 そうなのだ。彼女は綺麗になった。 顔の造作が変わったわけではない。 表情が変わったのだ。 自分と婚約していた時とは全く違う。 社交辞令ではない笑みを、惜しみなく連れの男に向けている。 「新しい婚約者の方に愛されているのね」 「女は愛されたら綺麗になると言いますしね?」 「あら、それは実体験を含めた遠回しの惚気なのかしら」 婦人たちの興味は別の話題へ移った。 まだそこに留まっているのは自身だけ。 ー愛されたら…。 自分も彼女を愛していたら結末は違っていたのだろうか。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

処理中です...