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06.事の顛末
しおりを挟む結局第一王子は、地位はそのままだが立太子は正式に見送られた。王太子位の正式決定は保留ということになったため、彼もこの後の挽回次第では可能性が無いとは言わないが、まあほぼほぼ無理であろう。
代わって王太子の有力候補に浮上したのは第一王女である。王妃腹、つまり第一王子の同母妹に当たる王女は、側室の子である第二王子よりも高い王位継承権を保持している。
ただ、次期王位を巡って継承権争いが起きる可能性は低いと見られている。第二王子が自分の置かれた状況を正しく見極め、幼少時より「王位を争うつもりはない」と宣言していたからである。
これは第一王子が次期王位の有力候補だった頃からそうであったため、ある程度野心を持つ廷臣貴族たちにも、第二王子を担ぎ上げるメリットよりもデメリットの方が大きいと見做されている。
現在15歳の第一王女は、さすがにまだ若すぎるので即時の立太子は見送られた。まあ18歳の兄がやらかした直後でもあるため、少なくとも兄と同じ18歳になるまでは経過を観察されることになるだろう。
ちなみに彼女は、現在16歳のアレクシアが王家の養子となったことで第二王女に格下げされた。とはいえ継承権1位は変わらず、表向きには称号が変化しただけに過ぎない。
そして、アレクシアはというと⸺。
「あの、騎士さま」
「どうかルドルフとお呼び下さい」
今日も今日とて、護衛騎士にかしずかれている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王宮にて保護されたアレクシアは、まず王宮典医たちの詳細な診断を受けた。その結果、極度の栄養失調と運動不足が指摘され、療養生活に入ることとなる。なお彼女の身にかけられた[制約]と[隷属]は、王宮魔術師団の総力を挙げた解析と術式無効化によって、問題なく解除された。
養母となった王妃の住まう王妃宮の一角にアレクシアの部屋が用意され、口が堅く忠誠心の篤い専属の侍女や護衛が複数付けられ、調度品や普段着なども一通り揃えられた。アレクシア自身が16歳とは思えないほどやせ細っているので、栄養状態が改善され肉付きが戻るに従って衣服は次々と新調されることになるだろう。そのための予算も議会に諮ってすでに組まれていて、当面の生活の心配は一切なくなっている。
王の養子に入る手続きは本人への同意を得て先行して行われたため、身分はすでに第一王女で王位継承権も3位を与えられてはいるが、公式に発表されてお披露目されるのは彼女の身体が健康体に戻ってからと決められた。
そのほか、これまでまともに受けさせてもらえなかった教育環境の改善も図られ、すでに教師陣の選定も進んでいる。もっとも本人は、侯爵家で虐げられていた5年間との落差に戸惑っているが。
アレクシアの父の侯爵は徹底的に取り調べられ、王位継承権を保持していた自らの妻への殺害容疑でも獄に繋がれ、そのまま裁判で有罪判決が下され速やかに処刑された。裁判も処刑も非公開で行われたため詳細は外部に伝わらず、ただ結果だけが公表されたのみである。
侯爵の処刑に先立って爵位は剥奪され、侯爵家は取り潰しとなってその領地と資産は差し押さえられた。歴史だけは長い名門であったので資産もそれなりに残っていて、資産については王と議会の承認のもとアレクシアに所有権が移された。そのため、領地こそ王家の直轄地として新しく代官が派遣されたものの、旧侯爵家所有の王都の邸や土地はそのまま王家の命で管理されている。
侯爵の妻を称していた女は、侯爵夫人を詐称し侯爵家の財産を不当に横領したとして、これも裁判を経て処刑された。元は没落した男爵家の娘で、実家の没落で娼館に落ちていたところを偶然侯爵と出会い、言葉巧みに誘惑して身請けさせ、市井に家を買い与えられてそこで娘を産み育てていたようだ。
5年前に侯爵家の邸に娘ともども入り込んでからの顛末は、社交界でよく知られる通りである。
アレクシアの父とその愛人は、元王妹の血を継ぎ侯爵家の正統であったアレクシアの母に対して、激しい劣等感を募らせていた。王家の宗族であったその血と権勢が妬ましかったのだという。それを拗らせた挙げ句、幼くして母を亡くし11歳で第一王子の婚約者となったアレクシアへ過剰で不当な虐待を繰り返していたと白状したのだ。
しかもそれを隠すために彼女を監禁し、第一王子にさえ会わせなかったのだ。だが正式に王子の婚約者に決まってしまった娘を殺害することもできず、婚姻発表の場とあってはいつものように欠席もさせられず、それで[制約]で彼女の言葉を封じていたのである。どこまでも愚かで身勝手であり、酌量の余地などなかった。
父親は諦めたのか、罪を認め従容として刑に服したものの、義母は最期まで見苦しく喚いていたという。いずれにせよ彼らは神々の住まうとされる“どこにもない楽園”には渡れず、地獄に堕ちることとなった。
異母妹は王家の宗族であったアレクシアへの不敬を咎められはしたものの、まだ成人したての15歳であり、本人の意思形成に両親の影響が大であるとして、一命だけは安堵された。その代わり、身分上は最初からずっと変わらず平民であるにもかかわらず自分を貴族子女だと思い込んでいることや、本物の貴族どころか王家宗族であるアレクシアに対して不当な逆恨みを抱いていること、野放しにすればアレクシアに対して凶行を起こしかねないことなどから、北の最果ての神殿へ送られることが決定した。
この世界におけるもっとも信徒数の多い宗教である神教の神殿は、国家の首都や主要な地方都市など人口密集地帯に置かれることが大半で、人のほとんど住んでいない北部国境地帯には本来なら置かれるはずがなかった。それなのに何故そのような場所に神殿があるのかと言えば、北部国境付近に聳えるこの世界最大の山岳地帯である“竜翼山脈”から魔獣や魔物たちがたびたび国境を侵犯してくる、その防備のためである。
北部国境神殿に送られるのは、指導監督役の司祭階級“司徒”やその補佐を務める“侍徒”を除けば思想犯罪者や凶悪犯罪者が大半であり、国境防衛に従事させられる。つまりは要するに北部国境神殿とは、犯罪者の矯正施設でもあるわけだ。
そんな場所に弱冠15歳にして送られることになってしまった異母妹が、無事で居られるかは定かではないし、もちろんアレクシア自身にそのようなことが知らされるわけもない。彼女自身はただ義妹の第二王女に「元の家族はそれぞれ罪に見合った処罰を受けましたわ。今後はお義姉さまと顔を合わせることもありませんのでご安心下さいませ」と言われただけである。
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