ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
5 / 8

05.偉そうに言ってるがお前もだ

しおりを挟む
【お知らせとお詫び】
本作の主人公アントニアですが、過去作である『公女様が殿下に婚約破棄された』の主人公と名前が丸被りしてましたので、「アレクシア」に変更致します。なんか使ったことあるよねえと思いつつもまあいいかと確認しなかった作者のミスです。大変申し訳ございません。
過去作との名前被りくらい良くない?と思われるかも知れませんが、作者はポリシーとして、主要登場人物名で一度使ったものは(極力)使わないと決めています。名前を聞いただけでどの作品の誰であるか、把握を容易にするためです。
ですのでこの作品の主人公はアントニアではなく「アレクシア」とします。お手数ですが覚え直して頂けますようお願い申し上げますm(_ _)m



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



「さて、そろそろ良いかのう」

 穏やかな声が会場に響く。王族専用入口である中央奥の大階段を降りてくる姿を見て、第一王子以下会場の全員が即座に最敬礼で迎えた。

「よい、皆のもの、楽にいたせ」

 鷹揚にそう言って片手を上げたのは国王その人であった。傍らに王妃と側妃、それに第二王子と第一王女も伴っている。
 第一王子も本来は、王に従って会場入りする予定であった。彼だけが一足先に会場に姿を現したのは冒頭ご覧頂いた通りである。

「なかなか見事な裁きであった。王族の名に恥じぬ対応、王としても父としても誇りに思うぞ」
「は。お褒めにあずかり恐悦至極にございます」

 第一王子は恭しく頭を下げてみせる。

「じゃが、そなたは廃嫡とする。少なくとも立太子は諦めよ」
「なっ……!?」

 だが直後の王の言葉に、驚愕のあまり顔を上げてしまった。

「何故ですか父上!」
「そりゃそうじゃろう。アレクシア嬢の冤罪を見抜けず、きちんと調べようともせず聞いた話を鵜呑みにして、このような公の場であのように一方的に面罵し貶めるような者に仕えたいと願う者など居りはせんわ」
「そっ、それは、その……」
「しかもそなた、その後の侯爵家ぐるみの陰謀の方に気を取られて、婚約破棄を撤回しておらんじゃろうが。挙げ句の果てにアレクシア嬢本人に詫びさえ述べずに済ますつもりか」
「…………あっ」
「そなたは普段から、アレクシア嬢との仲は順調じゃと申しておったな?だというのに聞いておれば彼女が公の場に出てきておらんことを知りながら報告もせず、彼女の異変を調べようともせず、異母妹とはちゃっかり交流し、それでいて自分でアレクシア嬢に贈ったはずの誕生日プレゼントさえ把握しておらんとはどういう事じゃ。あまつさえ、それらを身に着けたの肩を持ち、己の婚約者を信じようともせぬとはの。恥を知れ愚か者め」
「…………」

 第一王子は何も言い返せない。だって確かにその通りだったから。
 くっ、どこで間違ってしまったのか。せめて異母妹と侯爵家の欺瞞を確信した時点で、彼女に詫びていれば。……いや、今からでも医務局のアレクシアのところへ行って、婚約破棄の撤回を同意させよう。そうすれば最悪、侯爵家の婿に⸺

「そういうのを『後悔は、した時にはもう遅い』と言うんじゃぞ」
「……え?」

「そなた、今からでもアレクシア嬢に婚約破棄の撤回を同意させれば何とかなる、とか思っておったであろう?」
「…………そ、そんな事は」
「だが残念じゃったな。そなたがあの場で即座に撤回せんから、もう処理に回してしもうたわ」
「なっ!?」

 王も王妃も、実は第一王子が壇上で演説をし始めた当初から大階段脇の隠し部屋で聞いていたのだ。この部屋、実は会場になっている大ホールに密かに複数仕掛けられている[集音]の術式と[映写]の術式で集めた情報が集約されるようにできていて、普段は王家の影たちが使っている部屋である。
 第一王子だけが密かに会場に先入りしたと聞いた王はすぐさまこの部屋に移動して、そして細大漏らさず聞いていたのだった。
 ちなみにこの部屋は王家の秘であるため、その存在を知る者は、王と王妃と影たちのほかは宰相と魔術師団長だけである。つまり王子たちすら部屋の存在を知らされておらず、当然ながら第一王子も知らなかった。

「へ、陛下は一体どちらで、どこまで見ておられたのですか!?」

 第一王子が婚約破棄を言い出した時、確かに両親や弟妹たちがまだ姿を現していないことを確認していた。その後誰かが密かに注進に及んだとしても、こうも詳細に何もかもバレているのはおかしい。

「そんなもん全部じゃ。王妃も横で怖い顔になっとったわ。ちなみに、どこで見ていたのかは秘密じゃ。王たる者にしか知り得ん情報故にな」
「なっ⸺うわ!?」

 見れば王妃の顔はにこやかに微笑んだままだが、長年息子をやってきたからこそ分かる。あの顔は超怒った時の顔!

「は、は、母う」
「言い訳ならば聞きませんよ」
「え……」
「まあ廃嫡は撤回せんが、その後の対応に免じて除籍や断種までは容赦してやろう。今後、大過なく務めれば臣籍降下と公爵家の創設くらいは許してやらんでもない」
「そっ、それでしたら!」

 第一王子は何とか起死回生の策を探す。
 このままでは王妃腹の長子であるにもかかわらず、婚約者への讒言を信じて婚約破棄を言い渡した挙げ句に立太子を逃した愚かな王子だと、未来永劫言われ続けるに決まっている。
 であるならば、やはり何としても婚約破棄だけは撤回せねば。正直言えばあんなヒョロガリのボロボロを妻にするなど御免こうむるが、そこは数年待つしかないだろう。時間と手間さえ掛ければ、見てくれだけは何とかなるはずだ。

「やはり私がアレクシアの婿として、侯爵家の再興に尽力⸺」
「あんな侯爵家なぞ残すわけがなかろう。そんな事も分からんのか」

 冷めきった声と顔で王に言われて、第一王子は絶句するしかなかった。
 残すわけがないとか言われても、あの家は父王が敬愛してやまないかつての王妹の嫁ぎ先であり⸺

「二代に渡って叔母上の血筋を愚弄した者たちぞ。一族郎党根絶やしにしてもなお飽き足らんわ」
「…………」

 初めて見る、普段は温厚な父王の憤怒を間近でモロに浴びて、第一王子は息継ぎさえ忘れてしまいそうである。

「それに、アレクシア嬢なら王家で養子に取るからの。どのみちそなたとの縁談は破棄じゃ」
「よう……し……」

 養子に取る。それはつまり、法的な血縁関係になるということ。承認されてしまえば、第一王子とアレクシアとの婚姻など法的に認められなくなってしまう。
 そして父王のこの自信満々な態度と、婚約破棄がすでに法務処理に回っているという発言からして、養子の件もすでに具体的に動き始めているはずである。

「バカな子。もう少しで手に入った次期王の座を、自ら手放すなんて」
「兄上、諦めて下さい。あの婚約破棄を口にした時点で、そもそも兄上の命運は閉ざされていたんですよ」
「本っ当、兄様ったらバカね。もっとよく考えろ、考えてから動けっていつもあれだけ言ってあげてたのに。全っ然、聞いてなかったのね」

 母である王妃と2歳下の弟、それに3歳下の妹にまで言われて、一言も言い返せなくて、今度こそ第一王子は膝から崩れ落ちた。
 そんな彼をもはや一顧だにせぬ王は、壇上から粛々と夜会の開始を宣言したのであった。





しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」

みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」 ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。 「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」 王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

王子様、あなたの不貞を私は知っております

岡暁舟
恋愛
第一王子アンソニーの婚約者、正妻として名高い公爵令嬢のクレアは、アンソニーが自分のことをそこまで本気に愛していないことを知っている。彼が夢中になっているのは、同じ公爵令嬢だが、自分よりも大部下品なソーニャだった。 「私は知っております。王子様の不貞を……」 場合によっては離縁……様々な危険をはらんでいたが、クレアはなぜか余裕で? 本編終了しました。明日以降、続編を新たに書いていきます。

【完結】公女さまが殿下に婚約破棄された

杜野秋人
恋愛
突然始まった卒業記念パーティーでの婚約破棄と断罪劇。 責めるのはおつむが足りないと評判の王太子、責められるのはその婚約者で筆頭公爵家の公女さま。どっちも卒業生で、俺のひとつ歳上だ。 なんでも、下級生の男爵家令嬢に公女さまがずっと嫌がらせしてたんだと。 ホントかね? 公女さまは否定していたけれど、証拠や証言を積み上げられて公爵家の責任まで問われかねない事態になって、とうとう涙声で罪を認めて謝罪するところまで追い込まれた。 だというのに王太子殿下は許そうとせず、あろうことか独断で国外追放まで言い渡した。 ちょっとこれはやりすぎじゃねえかなあ。公爵家が黙ってるとも思えんし、将来の王太子妃として知性も教養も礼儀作法も完璧で、いつでも凛々しく一流の淑女だった公女さまを国外追放するとか、国家の損失だろこれ。 だけど陛下ご夫妻は外遊中で、バカ王太子を止められる者などこの場にはいない。 しょうがねえな、と俺は一緒に学園に通ってる幼馴染の使用人に指示をひとつ出した。 うまく行けば、公爵家に恩を売れるかも。その時はそんな程度しか考えていなかった。 それがまさか、とんでもない展開になるなんて⸺!? ◆衝動的に一晩で書き上げたありきたりのテンプレ婚約破棄です。例によって設定は何も作ってない(一部流用した)ので固有名詞はほぼ出てきません。どこの国かもきちんと決めてないです(爆)。 ただ視点がちょっとひと捻りしてあります。 ◆全5話、およそ8500字程度でサラッと読めます。お気軽にどうぞ。 9/17、別視点の話を書いちゃったんで追加投稿します。全4話、約12000字………って元の話より長いやんけ!(爆) ◆感想欄は常に開放しています。ご意見ご感想ツッコミやダメ出しなど、何でもお待ちしています。ぶっちゃけ感想もらえるだけでも嬉しいので。 ◆この物語も例によって小説家になろうでも公開しています。あちらも同じく全5話+4話。

初対面の婚約者に『ブス』と言われた令嬢です。

甘寧
恋愛
「お前は抱けるブスだな」 「はぁぁぁぁ!!??」 親の決めた婚約者と初めての顔合わせで第一声で言われた言葉。 そうですかそうですか、私は抱けるブスなんですね…… って!!こんな奴が婚約者なんて冗談じゃない!! お父様!!こいつと結婚しろと言うならば私は家を出ます!! え?結納金貰っちゃった? それじゃあ、仕方ありません。あちらから婚約を破棄したいと言わせましょう。 ※4時間ほどで書き上げたものなので、頭空っぽにして読んでください。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

【完結】広間でドレスを脱ぎ捨てた公爵令嬢は優しい香りに包まれる【短編】

青波鳩子
恋愛
シャーリー・フォークナー公爵令嬢は、この国の第一王子であり婚約者であるゼブロン・メルレアンに呼び出されていた。 婚約破棄は皆の総意だと言われたシャーリーは、ゼブロンの友人たちの総意では受け入れられないと、王宮で働く者たちの意見を集めて欲しいと言う。 そんなことを言いだすシャーリーを小馬鹿にするゼブロンと取り巻きの生徒会役員たち。 それで納得してくれるのならと卒業パーティ会場から王宮へ向かう。 ゼブロンは自分が住まう王宮で集めた意見が自分と食い違っていることに茫然とする。 *別サイトにアップ済みで、加筆改稿しています。 *約2万字の短編です。 *完結しています。 *11月8日22時に1、2、3話、11月9日10時に4、5、最終話を投稿します。

処理中です...