ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人

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03.愚かな家族の身の破滅(1)

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「でっ殿下!」

 ここで、詳細を知るはずの侯爵が口を開く。だが出てきた言葉は弁明ではなく。

「アレクシアはかねてよりこの通り病弱で、殿下とのご婚約も辞退致したいと申しておったのです!」
「ならば一再ならず侯爵家より辞退の申し入れがあったはずだな?だが私はそのような申し入れには聞き覚えがないが?」
「そ、それは……」
「侯爵、アレクシアには自傷癖があると言ったな」
「えっ、あ、はい!」
「では、どうやったら自分で背中に鞭の痕をつけられるのか、教えてもらおうか」
「そ、それは……!」
「我が婚約者であろうがなかろうが、自家の娘に適切な教育と養育を施して、慈しみ育てるのが親としての務めであろう。自傷癖があるなら、病弱なら、偏食が激しいのなら、適宜療養と改善に努めさせ、人前に出せるようになるまで責任持って癒やしてやるのが親としてあるべき姿ではないのか。⸺だがアレクシアのこの姿はどうだ。侯爵、そなたは親の務めを果たしたと本当に胸を張って言えるのか?」
「いえ、その……」

 侯爵は第一王子の下問に、何ひとつとしてまともに答えることができなかった。王子は小さくため息をついて、青褪めたままの女性に目を向ける。

「で、そなたはなんの肩書でもってこの場にいるのだ、夫人」
「えっ」

 予想もしていなかった問いかけに、後妻もまた即座には答えられない。

「そっ、それは勿論、あたくしは侯爵ふじ……」
「ではなかろうが」
「えっ」
「そもそも侯爵家の当主であったのはアレクシアの母上、我が大叔母様の娘だ。侯爵家の当主たる資格を持つのはその血を唯一受け継ぐアレクシア以外にはおらぬはずで、今アレクシアの父が侯爵の地位にあるのも、彼女が私に嫁ぐことになったために一代に限りに過ぎないはずだが?」

「…………嘘、でしょう?」
「………………」

 第一王子の言葉に目を見開いた後妻は、王子に返答もせずに目をそらすという不敬まで働いた上で、を見た。だが侯爵はなんと、目も合わせず返事もせずに顔を背けるだけ。
 誰からも侯爵と呼ばれて自身でもそう名乗る父親は、実は侯爵ではなくである。正当な当主であったアレクシアの母が亡くなり、次期当主になるはずのアレクシアが第一王子の婚約者となったことで、特例として自身一代の間のみ侯爵位を引き継ぐことが認められただけなのだ。本来の正統ではないアレクシアの父が後妻を迎えたところで、侯爵夫人と認められるはずがない。
 アレクシアが第一王子と婚姻してふたり以上子を儲ければ、侯爵位は最終的にその子のいずれかに受け継がれることになる。父親はそれまでのに過ぎないのだ。

「え、殿下?嘘ですよね?」

 そこへ割り込んだのはアレクシアの異母妹だ。今の今まで彼女は自分を『侯爵の娘』で、姉に成り代わって第一王子の婚約者にもなれると思い込んでいた。
 だがとするならば、自分は一体どうなるのか。

 その異母妹に対しても、第一王子はすっかり冷めた目を向けるだけだ。

「私は、そなたが我が婚約者アレクシアに虐げられていると言うから助けてやろうと思ったのだがな。だがまさか、全て嘘だったとはな」
「う、嘘ではありません!わたしは本当に」
「では、そなたの背や腹に鞭の痕があるはずだな」
「えっ、いや、それは……」
「王宮侍女たちにあらためさせよう。異論はあるまいな?」
「えっそんな、確かめるまでも……」
「ほう、異論があると?」
「い、いえ……」

 第一王子が目線を向けると、会場内に給仕役として控えていた王宮侍女たちが何人もやってきて、あっという間に異母妹は連れ去られて行った。

「おい、私は医務局に連れて行けと命じたはずだぞ」

 アレクシアを抱きかかえたままの騎士がまだその場に立っているのを見つけて、第一王子はわずかに眉を寄せた。

「それが、ご令嬢が同意なさらず……」
「ドレス……おばあさまの……」

 騎士の腕の中、アレクシアが細った腕を伸ばしていた。その言葉に第一王子が耳聡く反応した。

「なに、ではこのドレスは大叔母様のものか?」

 それはアレクシアの祖母である元王妹が、侯爵家に輿入れした際に仕立てたドレスのうちの一着であった。祖母はやがて生まれてくる娘や孫娘に受け継がせるために、やがて定番化するであろう落ち着いたデザインのドレスを多く準備して、それを携えて侯爵家に輿入れしたのだ。
 それらは彼女の娘、つまりアレクシアの母に受け継がれ、そうしてアレクシアが生まれた際に彼女のものになった。
 アレクシアが着ていたのが、そのである。他は全て義母や異母妹に取り上げられたが、これだけは隠し通して守り抜いたのだ。そして今回の夜会に着て行くドレスも用意してもらえなかった彼女は、嫌々ながら準備の手伝いに来てくれた侍女たちに「ドレスならある」とそれを見せ、そうして着せてもらって会場に連れてこられたのだった。

「元王妹殿下の、先々代侯爵夫人のドレスだったのか」
「道理でだと思いましたわ」
「手入れが不十分に見えるが、それでも今もって着られるとは当時から相当に仕立てが良かったに違いないな」

 周囲の夜会参加者たちも元王妹のドレスだったと知り、一転して褒めそやし始めた。





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