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01.婚約破棄されヤケになる
しおりを挟む「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。
その目が忌々しげに見下ろす先には彼の婚約者、侯爵家令嬢アレクシアの姿があった。
王城で開催される王宮主催の大夜会、その開会の辞において第一王子の立太子が発表される予定であった。それと同時に、婚約者であるアレクシアとの婚姻の日取りも。
だが、開会の前に皆にぜひ聞いてもらいたい事があるとそう言って、第一王子は壇上に登った。招待され参加した全貴族が会場入りし、開会の辞を告げる王と王妃の入場だけがまだの、ここしかないというタイミングであった。
王族の言葉はみだりに発せられるべきものではなく、また公の場にて発せられた言葉は軽々しく撤回されることもない。そんなことは常識である。
しかも国内の主要貴族家の当主の大半がこの夜会会場には集っている。その妻子も含めて数百人、それだけでなく場内には、扉を守り万が一のトラブルに対応すべく待機している警護の騎士たちや、給仕の使用人たちも多く仕していた。
そんな場、そんなタイミングでの突然の王子の婚約破棄宣言に、アレクシアはさすがに咄嗟に対応ができなかった。
「な、なぜ、でしょうか……?」
「知れたこと!そなたは侯爵家の邸内で普段から妹に対して虐待まがいのことを繰り返しているそうだな!」
「…………えっ!?」
「それに、なんだその貧相な肌と髪は!聞けばそなたは夜な夜な遊び歩いているというではないか!普段から手入れもせず身を慎むことも怠っていると、その醜い姿が如実に示しておるわ!」
「…………」
「私の婚約者としてあるべき務めも果たさず、身を慎むこともせず、いかに異母妹とはいえ慈しむべき妹を虐げる者など、断じて我が王家に輿入れさせるわけにはいかん!」
「そ、それは……!」
「弁明ならば牢で取調官相手にするがいい!⸺さあ、こちらへおいで」
第一王子の後半のセリフは一転して甘やかで、その言葉に「はい」と応えて壇上に上がった者がいる。両親とともに招かれて会場入りしていた、侯爵家令嬢アレクシアの異母妹であった。
「そなたは妹に対し、妾の子だの卑しい身分の娘だの侯爵家の縁者とは認めないだのと、日常的に暴言を吐いていたそうだな!そればかりではなく、服で隠せるところばかり狙って鞭を振るっているそうではないか!さらには使用人たちに命令して粗末な食事しか与えず、私物を奪い、部屋を屋根裏に変えさせて使用人たちにも罵らせたそうだな!」
「わたし、とっても辛かったです!けれどもお父様もお母様もわたしには優しくて、使用人たちもいたわってくれて、それで今までなんとかなっていました!」
それは違う。第一王子に今言われたことは、全てアレクシアが義母と異母妹にされてきた事である。そればかりか彼女は亡き母や祖母の形見はほとんど奪われ、婚約者である第一王子からの節目の贈り物なども全て取り上げられ、代わりに下級メイドのお仕着せを与えられて使用人同然に働かされていた。
そもそも異母妹は姉の代理と称して、第一王子との交流も王宮での教育も、率先して顔を出していたはずだ。専属の侍女が複数付いて肌や髪の手入れも完璧で、身の回りの品から衣装から宝飾品まで潤沢に与えられ、父と義母の期待を受けて学園にも通わせてもらっていると邸の侍女たちの噂話を盗み聞きして知っている。それの一体どこが『虐げられている可哀想な妹』だというのか。
だがそれを訴え出ることは、アレクシアにはできなかった。邸の外には、それがたとえ庭であろうとも出してもらえなかったことと、[制約]の魔術をかけられ、侯爵家に都合の悪い証言は言葉でも文字でも人に伝えられないように制限されていたからだ。
第一王子は、幼い頃から内定していて10歳の頃に正式に決まった婚約者だった。それはアレクシアの祖母が降嫁した先代王の王妹であったからであり、現在の国王が降嫁した叔母の孫を自分の子の妃にと望んだからでもある。
だからこの婚約だけは異母妹がどんなに悔しがっても覆ることはなかった。元王妹である祖母の血脈は、前当主である亡き母を通じてアレクシアだけが保持している。母の入り婿である父と、その父の浮気相手であった義母との子である異母妹には王家の血など1滴たりとも流れていないのだから。
「そもそも私からの贈り物への礼状も、私への折々の贈り物も、そなたは何もしようとしなかった!婚約者と交流しようと茶会に誘っても体よく断られ、侯爵家に会いに行っても体調が優れないと姿を見せず、節目の夜会にさえほとんど姿を見せなかったではないか!我が婚約者であることの責務さえ果たさない、そんな者にこれ以上付き合ってやる義理もない!」
「お異母姉様ったら酷いんですのよ。殿下との交流もお妃教育も学園への通学も、面倒だからって全部わたしに押し付けて!」
確かに、アレクシアが夜会に出席するのは婚約発表のあった5年前の夜会に出て以来の事である。その時すでに母は亡くなっていたものの降嫁した祖母がまだ存命であり、王家にも祖母にもとても喜ばれたのを思い出す。もう遠くなってしまった記憶、だがキラキラしていて輝かしかった、懐かしい記憶。
だがその直後に祖母が世を去り、その喪も明けぬうちに義母と異母妹が邸にやって来て、それ以来家令も執事も侍女長も全て入れ替えられ、邸の使用人の大半の顔ぶれも変わった。祖母と母の息のかかった者たちは全てクビになり、アレクシアの味方は家の中にも居なくなってしまった。
そうして今、唯一の味方であったはずの婚約者にまで心無い言葉を浴びせられ、どんどん心が死んでいくのを感じる。きっと彼は、自分の代わりに異母妹を婚約者にするつもりなのだろう。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばし、第一王子を見つめ返した。
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