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司法による断罪

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 そもそも王子が卒業記念パーティーで婚約破棄を企てたのは、その前後に父である国王が兄の王太子とともに隣国に外遊に出ているからだ。それは両国の国境地帯に出没する魔獣の討伐に関する取り決めのためではあったが、そのために一時的にではあるが第二王子よりも上位の権力者がほぼ居ない状況を作り出していて、だからその隙に第二王子は思うままに振る舞おうとしたのだ。
 つまり、自分より何もかもが優れていて側に居ようといまいと劣等感しかもたらさない婚約者を、強引にでも排除したかったのだ。
 だが司法長官嫡男の言葉で王子は我に返った。もしも父王が帰国してこのことを知ったらどうするだろうと。せっかく婚約破棄したところで、あとで王命で撤回されてしまえば無意味だ。そうされないために瑕疵をつけようとの目論見は、たった今司法長官嫡男に論破された。かくなる上は、いっそ婚約者を亡きものに………いや、そもそもこの婚約自体が王命だった。それを勝手に破棄した挙げ句に処刑したとあっては、きっと叱られるだけでは済まなくなる。

「あ、あー。いや、あのな?」

 白々しく王子は声を上げた。

「たっ確かに、そなたの言うことにも一理あるな。お、王子命まで持ち出したのは少々かも知れぬ。………うん、みんな聞かなかった事にしてくれ」

 そんな事できるわけないだろう。
 全員の視線がそう訴えていたが、帰国したあとの父王の怖い顔を思い浮かべている王子には届かない。


「全く、嘆かわしい」

 その時、不意に声が響いた。
 よく通る、女性の声が。

 その場の全員が声の方向を見た。居並ぶ人々は壇上を、王子やその取り巻きたちは背後を。
 その方向にある、王族専用の大扉が開いて、歩み出て来たのは王妃だ。

「は、母上」
「母上、ではありません。王妃と呼びなさい」

 一斉にひれ伏したその場の全ての人々は、その一言で悟る。国王の留守の間に国内の全権を委任された、最高責任者として彼女がそこに立っているということを。

「仔細は聞き及んでいます。申し開きも聞かず、司法にて詳細を詳らかにしようともせず、王命に逆らうがごとき所業。⸺王子、相違ありませんね?」
「そ、それは⸺」
「相違ありませんね?」
「………。」

 王子は答えない。
 答えられるわけがない。

 王妃は小さくため息をつくと、手に持った扇をパチ、パチ、と少し開いては閉じる動作を繰り返す。王侯の女性が不満を表明する仕草だ。

「よろしい、そなたの主張は司法の場にて存分に述べるがよかろう。司法長官が責任をもって裁きを申し渡すであろう」

 大ホールの扉が開かれ、近衛騎士たちが何人も入ってくる。この場の誰も逃さないという無言の圧力に、偽証した下級生やゆるふわカールが小さく悲鳴を上げる。

「そしてそれとは別に、王子命を出してすぐさま撤回するという無様を晒したそなたには蟄居を命じます」
「そっ、そんな…!」
「捜査と取調べが終わり法廷が開かれるまで、部屋から一歩も出ること罷りならん。これはです。いいですね」

「は………はい………」

 ガックリと項垂れ、近衛騎士に連行される王子。それとともに居並ぶ人々にも聞き取りが行われ、関係者たちが次々と連行されていった。ゆるふわカール、偽証の下級生、取り巻きたち、もちろん司法長官嫡男もだ。

「さて」

 壇上から王妃が、場に残った唯一の関係者である侯爵家令嬢を見下ろす。

「そなたには大変申し訳ないことになりました。事実関係は法廷にて明らかになるでしょうが、そなたと第二王子アレとの婚約は王家の有責にて解消することになるでしょう⸺直答を許可します」
「もったいなきお言葉にございます」

 侯爵家令嬢はそう答えて、たおやかに淑女礼カーテシーを披露する。

「わたくしはずっと、そなたが義娘むすめとなる日を楽しみにしておりましたのに」
「ご期待に沿えず、申し訳ありません」
「いいのよ。こちらこそ、あんな愚かな子に今まで縛り付けてごめんなさいね」
「いいえ、いいえ、そのようなこと」

 侯爵家令嬢、たった今第二王子の婚約者を外れることが決まった彼女は震える声で返答し、頭を振る。
 その姿があまりに弱々しく痛々しかったので、王妃は下がるように命じ、側付きの侍女たちに彼女を休ませる部屋の準備を命じた。

 卒業記念パーティーは、騒然とした雰囲気のまま中途でお開きとなった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 厳正な捜査と取調べが行われ、司法長官が直々に裁判長を務めた裁判が開かれ、侯爵家令嬢の犯したとされる罪は全て冤罪と認められた。正確には、疑わしきものはあれど証拠不十分である、という沙汰だ。
 もちろん婚約は王子の有責で解消。白紙にはならなかったので賠償金も王家より侯爵家に支払われ、侯爵はその誠意を認めてそれ以上王家に責を求めないと明言した。
 
 一方の男爵家令嬢、ゆるふわカールの主張は全て虚偽と認められた。第二王子とその婚約者には王家より“影”が密かにつけられており、その者たちが第二王子に接近したゆるふわカールのことも監視していたのだ。
 その罪状は王族の前での偽証罪、侯爵家令嬢への名誉毀損と侮辱罪、それに同級生子女への偽証の強要、さらには王族に不当に取り入ろうとした罪である。
 彼女は罪人として牢へ収監され、男爵家実家は巨額の賠償支払いによって破産した。

 宰相の次男、騎士団長の三男はいずれもゆるふわカールの言葉を鵜呑みにし、ろくに調査もせず彼女の言に肩入れしたとして罪に問われた。罪状は偽証罪、および名誉毀損と侮辱罪。そのほか、それぞれの家から家門に泥を塗ったとして勘当され貴族籍を剥奪された。
 彼らにもそれぞれ婚約者がいたのだが、当然彼らの有責で先方から破棄されている。

 第二王子は自室での蟄居ののち、帰国した父王に厳しく叱責され、司法長官嫡男が提案した通りに訴状を書かされた。その上で法廷へ引きずり出され、なすすべもなく無残に敗訴したのみならず自らの不貞や王命への反抗などを罪に問われて廃嫡、王城の北部尖塔へ幽閉処分となった。
 おそらくはしばらく経ってから、の公表がなされることになる⸺かまでは分からないが。

 司法長官の嫡男はやはり侯爵家令嬢への名誉毀損と侮辱罪に問われたが、寸前で気付いたことにより偽証罪は回避し、その後に公平で正しい判断を下そうと努めたことが認められ執行猶予が下された。また侯爵家令嬢からも情状酌量が嘆願されたため、彼のみは父からの叱責こそあったものの除籍などの処分は見送られた。





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