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正義と真実の味方

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「……………は?」

 宰相の次男がぽかんと口を開けて絶句する。

「あ、悪を糾す正義の行いを、虐めなどと一緒にするな!」

 騎士団長の三男が色をなして反論する。だが傍目には、痛いところを突かれて慌てているようにしか見えない。

「だが考えてもみてほしい。侯爵家令嬢かのじょの行いは人目につかないところで行われて目撃者もいない。だが我らの行動はんだぞ」
「「そ、それは………」」

 司法長官嫡男の言葉に、宰相次男も騎士団長三男も咄嗟に反論が出なくなった。
 確かに、その証言をしたのはゆるふわカールの自己申告であり、他には具体的な証拠も証言もなかった。つまり彼女の『大勢でひとりを取り囲んで虐めた』行為は有無を証明できないが、彼らのその行為は歴然とした事実としてここにあるのだ。
 司法長官嫡男の目には、今のこの状況はまさに王子が挙げたにしか見えなかった。

「お前は、をするつもりなのだ?」
「もちろん、です」

 王子が睨みつけたが、司法長官嫡男はさも当たり前のように答えた。
 幼い頃から司法官として職務に邁進してきた父の背を見て育った彼にとって、それは当然の答えだった。

「そもそもよく考えてみれば、殿下の婚約者として侯爵家令嬢かのじょが『婚約者のある男性にみだりに馴れ馴れしくしないように』と忠告するのは当然のことでは?」
「………なに?」
「むしろそれをしなければ、婚約者としてすべきこともしなかったと彼女の方が謗られるでしょう?」
「いや、だが」
「それに彼女の悪い噂は数ありますが、不貞を働いただとか悪事に手を染めたなどという噂はありません。ほとんどはこの子に嫉妬した、この子を虐げたと、そういったものばかり」
「そ、それがどうした」

「つまりですね」

 嫡男は、そこでわざとらしく言葉を切った。

「元はといえば、殿下がそうやってでは?」

「「「……………………。」」」

 誰も彼も押し黙った。宰相の次男も、騎士団長の三男も、そして第二王子も。

 会場に居並ぶ生徒たちもその保護者も、学院の関係者も静まり返っている。確かに言われてみれば、と全員が考えていた。

「ちっちっ、違うぞ!それは違う!」

 最初に我に返った第二王子が上ずった声を上げた。
 だがその声は焦りを隠せておらず、なんなら裏返っていてなんとも情けなかった。

「違うと仰いますが、殿下がこの子と仲良くなられたのはこの子が入学してきてすぐでしょう?その頃はまだ、婚約者どのに悪い噂などなかったではありませんか」

 そう言われれば確かに。会場のどこかから小さな呟きが漏れ聞こえて来た。

「時系列を考えると、殿下がこの子を寵愛なさってから虐めが起き、それを踏まえて噂が広まった。そういうことに⸺」
「違うと言っているだろう!」

「ですから、明確な証拠をお示し下さいませと申し上げましたわ」

 声を張り上げて否定する王子の声は、自らの婚約者の声によってかき消された。

「殿下の不貞は、ここにおられる皆様がきっと証言して下さいます。ですが殿下の挙げられたわたくしの罪は、そこにある物証だけでは?」

 侯爵家令嬢のその言葉はみなまで言わない。だが言外に、だと告げていた。
 そしてそれもまた、言われれば確かに…という実感を伴ってホール中の人々の心に沁み込んでゆく。

「そこの貴女」

 侯爵家令嬢が、先ほど王子の求めに応じて前に出てきたまま立ち尽くすひとりの下級生を扇で指し示した。

「貴女が見た、わたくしの彼女への虐め。いつどこで見たのか証言なさい」

「え………」

 それは当然の求めであったが、下位貴族の令嬢でもある下級生は驚き固まってしまう。

「貴女が本当にご覧になったのなら、日時と場所くらい憶えているはず。そうでしょう?」
「そ、その………」
「早くなさい。のよ」
「お前!だから下級生を虐めるなと言っているだろうが!」

 みるみる顔を青ざめさせてゆく下級生。それに対し高圧的ではないまでも、有無を言わさぬ侯爵家令嬢。おそらく彼女にはそんな気はなかったのだろうが、卒業生つまり先輩であり家格も上の、それも淑女の鑑とまで言われる王子の婚約者からの声かけに、下級生は明らかにひるんでいた。
 そしてそれを見てすかさず、王子が婚約者を糾弾しにかかる。

「………なるほど。殿下はこれを“虐め”だと仰るのですね」

「……………あっ」

 ここに来て初めて王子は気付いた。周りの人々の目が自分に対する不信の色を浮かべていることに。

「殿下。今のを虐めだと責めるのは、さすがに少し無理があるかと」

 そして周囲の人々の気持ちを代弁するかのように、司法長官の嫡男がそう言った。

「い、いやしかしだな」
「今の彼女の発言はただの事実確認です。特に高圧的でもなければ命令したわけでも強制したわけでもありません。むしろ彼女の立場では明らかにせねばならないことを証言して欲しいと願ったに過ぎません」

 それも下級生が求めに応じて本当に虐めの日時と場所を答えたなら、それは侯爵家令嬢にとって甚だしく不利になるのだ。それなのにその証言を強要する意味もない。司法長官の嫡男にそう指摘されて、王子は咄嗟に言い返せない。

「だっだが!今見ただろう!?この女はああやって脅しをかけて」
「先ほど彼女が『見ていないと言え』と求めたのなら殿下のご主張も通るでしょうが、さすがにそうは聞こえませんでしたね」
「ぐ………」

 言葉に詰まる王子。宰相の次男は風向きが変わったことに狼狽えはじめ、騎士団長の三男は話について行けずに思考を放棄して呆けている。

「あ、貴方も私が嘘をついているって言うの?」

 だがここで、ずっと王子の腕に縋りついていたゆるふわカールが悲しげに声を上げた。

「私は本当に虐められていたのに、それを嘘だって」
「そんな事は言っていないよ」

 目に涙を浮かべて抗議を始めたゆるふわカールの言葉を、司法長官の嫡男は穏やかに遮る。

「事実関係の確認は、こうした裁きの場では何よりも重要だ。公正で公平な判決は、何よりも客観的事実とそれを正確に見極める理性があってこそ生まれるものだ」
「でも、私は本当に悲しくて⸺」
「残念ながら、感情論では判決を左右してはならないんだよ」

 あくまでも穏やかに、言い聞かせるように。だがはっきりと断言して有無を言わさない。
 その彼の口調に、さすがのゆるふわカールも驚きに目を見開いて絶句する。もちろん涙など流れなかった。





 ー ー ー ー ー ー ー ー ー

【おことわり】
小説家になろうの方で違和感があるとご指摘があったため、『公平で公正な』からサブタイトルを変更しました(11/21)
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