2 / 5
正義と真実の味方
しおりを挟む「……………は?」
宰相の次男がぽかんと口を開けて絶句する。
「あ、悪を糾す正義の行いを、虐めなどと一緒にするな!」
騎士団長の三男が色をなして反論する。だが傍目には、痛いところを突かれて慌てているようにしか見えない。
「だが考えてもみてほしい。侯爵家令嬢の行いは人目につかないところで行われて目撃者もいない。だが我らの行動はここにいる皆が見ているんだぞ」
「「そ、それは………」」
司法長官嫡男の言葉に、宰相次男も騎士団長三男も咄嗟に反論が出なくなった。
確かに、その証言をしたのはゆるふわカールの自己申告であり、他には具体的な証拠も証言もなかった。つまり彼女の『大勢でひとりを取り囲んで虐めた』行為は有無を証明できないが、彼らのその行為は歴然とした事実としてここにあるのだ。
司法長官嫡男の目には、今のこの状況はまさに王子が挙げた虐めの現場そのものにしか見えなかった。
「お前は、どちらの味方をするつもりなのだ?」
「もちろん、正義と真実の味方です」
王子が睨みつけたが、司法長官嫡男はさも当たり前のように答えた。
幼い頃から司法官として職務に邁進してきた父の背を見て育った彼にとって、それは当然の答えだった。
「そもそもよく考えてみれば、殿下の婚約者として侯爵家令嬢が『婚約者のある男性にみだりに馴れ馴れしくしないように』と忠告するのは当然のことでは?」
「………なに?」
「むしろそれをしなければ、婚約者としてすべきこともしなかったと彼女の方が謗られるでしょう?」
「いや、だが」
「それに彼女の悪い噂は数ありますが、不貞を働いただとか悪事に手を染めたなどという噂はありません。ほとんどはこの子に嫉妬した、この子を虐げたと、そういったものばかり」
「そ、それがどうした」
「つまりですね」
嫡男は、そこでわざとらしく言葉を切った。
「元はといえば、殿下がそうやって不貞を働いたことが原因では?」
「「「……………………。」」」
誰も彼も押し黙った。宰相の次男も、騎士団長の三男も、そして第二王子も。
会場に居並ぶ生徒たちもその保護者も、学院の関係者も静まり返っている。確かに言われてみれば、と全員が考えていた。
「ちっちっ、違うぞ!それは違う!」
最初に我に返った第二王子が上ずった声を上げた。
だがその声は焦りを隠せておらず、なんなら裏返っていてなんとも情けなかった。
「違うと仰いますが、殿下がこの子と仲良くなられたのはこの子が入学してきてすぐでしょう?その頃はまだ、婚約者どのに悪い噂などなかったではありませんか」
そう言われれば確かに。会場のどこかから小さな呟きが漏れ聞こえて来た。
「時系列を考えると、殿下がこの子を寵愛なさってから虐めが起き、それを踏まえて噂が広まった。そういうことに⸺」
「違うと言っているだろう!」
「ですから、明確な証拠をお示し下さいませと申し上げましたわ」
声を張り上げて否定する王子の声は、自らの婚約者の声によってかき消された。
「殿下の不貞は、ここにおられる皆様がきっと証言して下さいます。ですが殿下の挙げられたわたくしの罪は、そこにある物証だけでは?」
侯爵家令嬢のその言葉はみなまで言わない。だが言外に、物証だけなら捏造も可能だと告げていた。
そしてそれもまた、言われれば確かに…という実感を伴ってホール中の人々の心に沁み込んでゆく。
「そこの貴女」
侯爵家令嬢が、先ほど王子の求めに応じて前に出てきたまま立ち尽くすひとりの下級生を扇で指し示した。
「貴女が見た、わたくしの彼女への虐め。いつどこで見たのか証言なさい」
「え………」
それは当然の求めであったが、下位貴族の令嬢でもある下級生は驚き固まってしまう。
「貴女が本当にご覧になったのなら、日時と場所くらい憶えているはず。そうでしょう?」
「そ、その………」
「早くなさい。見たままを言えばいいのよ」
「お前!だから下級生を虐めるなと言っているだろうが!」
みるみる顔を青ざめさせてゆく下級生。それに対し高圧的ではないまでも、有無を言わさぬ侯爵家令嬢。おそらく彼女にはそんな気はなかったのだろうが、卒業生つまり先輩であり家格も上の、それも淑女の鑑とまで言われる王子の婚約者からの声かけに、下級生は明らかに怯んでいた。
そしてそれを見てすかさず、王子が婚約者を糾弾しにかかる。
「………なるほど。殿下はこれを“虐め”だと仰るのですね」
「……………あっ」
ここに来て初めて王子は気付いた。周りの人々の目が自分に対する不信の色を浮かべていることに。
「殿下。今のを虐めだと責めるのは、さすがに少し無理があるかと」
そして周囲の人々の気持ちを代弁するかのように、司法長官の嫡男がそう言った。
「い、いやしかしだな」
「今の彼女の発言はただの事実確認です。特に高圧的でもなければ命令したわけでも強制したわけでもありません。むしろ彼女の立場では明らかにせねばならないことを証言して欲しいと願ったに過ぎません」
それも下級生が求めに応じて本当に虐めの日時と場所を答えたなら、それは侯爵家令嬢にとって甚だしく不利になるのだ。それなのにその証言を強要する意味もない。司法長官の嫡男にそう指摘されて、王子は咄嗟に言い返せない。
「だっだが!今見ただろう!?この女はああやって脅しをかけて」
「先ほど彼女が『見ていないと言え』と求めたのなら殿下のご主張も通るでしょうが、さすがにそうは聞こえませんでしたね」
「ぐ………」
言葉に詰まる王子。宰相の次男は風向きが変わったことに狼狽えはじめ、騎士団長の三男は話について行けずに思考を放棄して呆けている。
「あ、貴方も私が嘘をついているって言うの?」
だがここで、ずっと王子の腕に縋りついていたゆるふわカールが悲しげに声を上げた。
「私は本当に虐められていたのに、それを嘘だって」
「そんな事は言っていないよ」
目に涙を浮かべて抗議を始めたゆるふわカールの言葉を、司法長官の嫡男は穏やかに遮る。
「事実関係の確認は、こうした裁きの場では何よりも重要だ。公正で公平な判決は、何よりも客観的事実とそれを正確に見極める理性があってこそ生まれるものだ」
「でも、私は本当に悲しくて⸺」
「残念ながら、感情論では判決を左右してはならないんだよ」
あくまでも穏やかに、言い聞かせるように。だがはっきりと断言して有無を言わさない。
その彼の口調に、さすがのゆるふわカールも驚きに目を見開いて絶句する。もちろん涙など流れなかった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【おことわり】
小説家になろうの方で違和感があるとご指摘があったため、『公平で公正な』からサブタイトルを変更しました(11/21)
169
お気に入りに追加
568
あなたにおすすめの小説
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
今回も「許します」私がそう言うと思っていましたか?
四折 柊
恋愛
公爵子息は婚約者に浮気現場を見られて動揺するが、きっと優しい彼女ならばいつものように許してくれるはずと謝りに行ったところ彼女からこう告げられた。「まさか今回も許します、私がそう言うと思っていましたか?」
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
初夜に妻以外の女性の名前を呼んで離縁されました。
四折 柊
恋愛
国内で権勢を誇るハリス侯爵の一人娘であり後継ぎであるアビゲイルに一目惚れされた伯爵令息のダニエルは彼女の望みのままに婚約をした。アビゲイルは大きな目が可愛らしい無邪気な令嬢だ。ダニエルにとっては家格が上になる婿入りに周囲の人間からは羨望される。そして盛大な二人の披露宴の夜、寝台の上でダニエルはアビゲイルに向かって別の女性の名前を呼んでしまう。その晩は寝室を追い出され、翌日侯爵に呼び出されたダニエルはその失態の為に離縁を告げられる。侯爵邸を後にするダニエルの真意とは。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる