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とある公爵家侍女の生涯
06.公爵家侍女は詫びられる
しおりを挟むそれから数日、何故か一度もラルフ様をお見かけしなかった。いやまあ護衛騎士の詰所は別棟だし、本館に居ること自体があまり無いのだけど、それでも他の騎士様はお見かけするのに。
ははーん、これは謹慎か何か食らったな?
と思ってお嬢様にそれとなく話を振ってみると。
「ラルフ?ああ、貴女を追い出せとかバカなことを言うから、叱りとばしてやったわ」
案の定だった。
特に奥様のお怒りを買ったようで、私を雇っているのは賠償の支払いの他に罪人の監視の意味合いがあること、それは王家からの命であること、アクイタニア家で囲っておかないと他の貴族に悪用されかねないこと、また被害を受けた貴族家のどこかに命を狙われる恐れもあることなど、お嬢様とふたりして指折り教えて教えてやったのだとか。
まさか王家の意向まで絡んでるとラルフ様はご存知なかったようで、顔を青くなさっていたそうだ。その上でバカなことを二度と言い出さないように、週の謹慎処分とその間の減棒を言い渡して、それで今は実家の伯爵家で大人しくしているそうだ。
ということは、ご実家からもこってり絞られているに違いない。特に公爵家に子息子女を奉公に出している寄子のお家は先月のシュザンヌ先輩の件で震え上がっているから、もしかするとラルフ様も戻って来られないかも知れない。
でも、あの方は本当に忠心から行動なさっただけだし、シュザンヌ先輩みたいにご自身が私を嫌っていた感じではなかったから、辞めさせられるのは少し可哀想かも。
「でもラルフ様は心からお嬢様と公爵家のご心配をなさったわけですし」
「あら。庇いだてするの?」
「庇いだてというか、きっとラルフ様のお考えとしては、私みたいな罪人が働いていることで公爵家の名に傷がつくことを恐れたのでしょうし」
「それこそ、余計な心配というものよ」
まあ確かに。
その程度で筆頭公爵家の名が揺らぐとも思えない。
「それに、王家のご意向があるというのは対外的には知られていませんし」
「そんなもの、貴女が死を賜らずに公爵家で働いている時点で察せられなければダメなことよ。特に貴族の出身ならばね」
それもまあ、確かに。
「でもまあ、貴女が許すというのならお母様に申し上げても構わないわ」
「いえ、許すなんてそんな」
そんな偉そうなこと言えませんよ。
私は平民で、あの方は伯爵家のご令息なんだし。
まあそんなわけで、翌週にはラルフ様も謹慎が解けたようでお姿をお見かけすることができた。ただ私には会いに来ないし、私からも話しかけに行くことはないけれど。
でもまあ、あの方が職を失わずに済んだのならそれでいいんじゃないかな。
…と、思っていたのに。
「先日は大変失礼した」
なんで今、私はラルフ様に頭を下げられているのだろう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
父に公爵家侍女として必要な身だしなみにも金を使うように言われたこともあって、私も買い出しの荷物持ちに参加するようになっていた。基本的には上級侍女が見習いや使用人を連れて行くのだけど、女性ばかりになる事から護衛騎士が帯同することもある。念の為、というやつだ。
そして、その日はたまたまラルフ様がついて来てしまったのだ。
「さて。奥様とお嬢様に頼まれた物はこれで全部ね。
私は自分の買い物を済ませてくるけれど、貴女はどうする?」
「えっと、そうですね──」
「では、私にしばし時間を下さいませんか」
「えっ、あの」
「貴女とは一度きちんとお話をすべきでした。お時間は取らせませんので、どうか」
「は………はあ」
というわけで、今謎の謝罪シーンなわけである。
「あの、騎士様。頭をお上げください」
そんな罪人に軽々しく頭下げちゃダメですよ。
「しかし私は貴女を侮辱するような発言をしてしまいました」
「い、いえ、そんな。お気になさらず」
「にも関わらず、私が復職できるようお口添えまで頂いたとか」
あっ、お嬢様余計なことをお話しになりましたね?
「貴女はご自身に猜疑と嫌疑が向けられていることを解った上で、日頃からそれに耐えて何も言わずに黙っている。そんな貴女に、私は」
「だって、私が罪人なのは事実ですし。罪人を雇うことで公爵家の名に傷がつくのを恐れるのは、公爵家に仕える者としては当然の懸念ですから」
「しかしそれでも、私が無礼だったことに変わりはない」
うーん、これはもしかして言い出したら聞かないタイプ?
「私は身寄りなき平民です。そんな者に、伯爵家のご令息が無礼も何もないでしょう?」
「しかし貴女は男爵家の」
「平民です。男爵家なんて存在しません」
「しかし…」
引かないなあ、この人。
「というかですね。ここは人目も多いのであまり目立ちたくはないのですが」
そう、ここは首都ルテティアにいくつかある広場のひとつ。真ん中に噴水があって、その周りにベンチがあって、周囲にまばらに銀杏が植樹してあって、市民の憩いの場になっている。
そのジャンコの木の下で、大柄な騎士に頭を下げられる侍女の図。道行く平民でさえ何事かと二度見するレベルですよホント。
「ですからもう、頭をお上げくださいませ。わたくしは気にしておりませんから」
というかさっさと立ち去りたい。オーレリア先輩だってとっくに戻ってきてて、仲間と思われたくないから遠巻きに眺めてるってのに。
「しかし、それでは私の気が──」
ああもう。この人面倒くさいなあ。
「でしたら、そのままそこでずっと頭を下げててください。わたくしは帰りますので」
そう言い捨てて先輩に駆け寄る。先輩だって私が荷物持ってるから帰るに帰れないんだよね。ホント、人の迷惑ってものを少しは考えて欲しいわ。
ラルフ様は驚いてポカンとした顔で私達を見てたけど、私達が放ったらかして帰り始めたから慌ててついて来た。その後も何か言いたそうにチラチラこっちを見てきたけれど、敢えて全部無視した。
伯爵家のご令息に対する態度ではないと分かってたけど、もうこの際知るもんですか。
でも、途中で1回だけチラッと様子を伺ってみたら、なんだかラルフ様が叱られてしょげる大型犬の仔犬みたいに見えてしまって、それだけがいつまでも印象に残っていた。
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