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本編
13.婚約破棄は実行される
しおりを挟む「ああ、それとね」
ブランディーヌかコリンヌか、どちらかが死を賜らなければならない。その絶望的な二者択一を聞いて立ち尽くすシャルルに向かって、何でもない事のようにジェニファーが声をかけた。
「シャルル殿下、貴方の王位継承権は剥奪されることになります。もちろんブランディーヌ様との婚約を貴方の有責で破棄された上でね」
「……………は?」
「詳細は陛下と王太子殿下がお決めになることだけれど、シャルル殿下の継承権と“第二王子”の地位の剥奪、これはもう確定かしらね。そしてゆくゆくは臣籍降下か、あるいはどこかの貴族家へ婿入り、ということになるのではないかしら」
一方的に突き付けられる内容に、さすがのシャルルも言葉が出ない。
「な………義姉上、何を………」
「だってそうでしょう?貴方の愚かな選択でこの国はブランディーヌ様という他国からも絶賛される淑女を失うかも知れないのよ?」
そう言われてしまっては、シャルルには返す言葉がない。今日これまでコリンヌの醜態を見せつけられて改めてブランディーヌの淑女ぶりを再確認するとともに、コリンヌに王子妃は務まらないと思い知ったばかりだ。しかも国秘教育を含む王太子妃教育まで始まっているとなれば、それを含む王太子教育にまだ進んでいないシャルル自身よりもブランディーヌの方が王家にとっては価値が高いのだ。
「私の継承権の剥奪が、ブランディーヌの助命に繋がるというわけですか」
「ええそう。ブランディーヌ様には貴方は相応しくないというのが、王太子殿下の御考えよ」
悔しげに声を絞り出すしかないシャルル。
何でもない事のように返すジェニファー。
「それでね」
ジェニファーはそのままブランディーヌに向き直る。
「貴女には、改めてローラン様の婚約者として話が上がっているの」
そしてまたもや爆弾発言を飛ばしたのだった。
しかも、そうすればブランディーヌの賜死は回避できる、とジェニファーは言うのだ。
「ローラン様、ですか………」
ローランはシャルルの異母弟で第三王子、今年14歳でシャルルやブランディーヌの卒業とともに学園の2年生に上がったところだ。まだ成人前ながら兄シャルルよりも優秀だと一部で密かに噂されている。
そしてブランディーヌも王家の私的な茶会などで何度も面識があり、全く知らない間柄でもなかった。
しかもローランにはまだ婚約者がいない。本人の意思なのか王家の意向なのかは分からないが、どうにでも動ける身軽な立場を保っているのがローラン王子だ。
だがシャルルが第二王子、つまり王太子の予備としての立場と、王位継承権を剥奪されるのであれば、それを代わって受け継ぐのはローランになる。そのローランの婚約者に収まるのであればブランディーヌの立場は何も変わることなく、国家も彼女という逸材を失わずに済む。
そういう意味では、極めて妥当な落とし所と言えよう。
「それは、わたくしの一存では何とも……」
「ええそう、そうよね。アクイタニア公のご意向も伺わなければね」
戸惑うブランディーヌの心中を的確に言い当てるジェニファー。だがおそらく、ブランディーヌの父であるアクイタニア公爵に否やはないだろうことも、解っている口ぶりである。
実際、アクイタニア公爵がこの話を拒否することはないとこの場の全員、そう、コリンヌにすら分かることでもある。どう考えても自明の理というやつだ。
「というわけで」
パン、と手をひとつ叩いてジェニファーが席を立つ。
「この話は決まり次第お沙汰があると思うので、全員それを待つように。
それとロッチンマイヤー夫人、今回の教育はもうここで終わりにして構わないわ。結論は出たようですからね」
「畏まりました」
ロッチンマイヤーがジェニファーに恭しく頭を下げ、ひとつ遅れてシャルル、ブランディーヌ以下全員が跪き頭を垂れた。
それを見て、満足そうに微笑むとジェニファーは静かに部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルルはその日のうちに父王に謁見を願い出て、王位継承権の返上と廃嫡を申し出た。廃嫡、つまり王妃アレクサンドリーヌの子としての権利を全て放棄することで彼は自身の失態と責任を認め、代わりにブランディーヌの助命を自らの意思で願ったのだ。
そんな息子に父王であるアンリ41世は小さく嘆息しつつも、最後の最後に判断を誤らなかった我が子を褒め、彼の願いを全て叶えた。シャルルとブランディーヌの婚約は彼が宣言した通りに破棄された。もちろんシャルルの有責でだ。
今後はシャルルとローランの立場が逆転し、シャルルは婚約者のないまま王位を継ぐ者たちの“予備の予備”としての立場に甘んずることになる。
大方の予想通り、アクイタニア公爵は娘の婚約者の変更を黙って受け入れた。公爵家にも娘ブランディーヌにもほとんどなんの影響も出ないため、これは当然のことであった。
数日で話がまとまると直ちにシャルルの廃嫡とローランとブランディーヌの婚約が発表され、あの卒業パーティー以来社交界を騒がせていた一連の騒動も急速に下火になっていった。
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