【完結】マフィア令嬢は今日も婚約破棄を却下する

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
4 / 5

4.リピートアフターミー!

しおりを挟む


「あれ、ちょっと、お姉さま?」

「チェチーリアさま、それは少々悪ふざけが過ぎますよ?」

 予想外の姉の行動に戸惑ったまま立ち尽くすチェチーリアに、素早く駆け寄ったエコーが非難がましく声をかける。

「え、だっていつものお姉さまなら睨みつけるか無視して終わりじゃ⸺」
「殿下!何をしておいでです、早く追いかけなさいませ!」

 戸惑いを隠せないチェチーリアの言葉に、今度はトゥーリオの声が重なった。彼もまた自分の主人に駆け寄っていた。

「えっ、あ、」
「呆けている場合ではありませんぞ。さすがに今のは冗談では済まないでしょうし、すぐにコスタンツァ様を追いかけて下さい殿下。今ならまだ間に合いますから」
「いや、だって」

 アウレーリオは煮えきらない。思っていたのと違う反応と、側近からの思いもよらないダメ出しで彼は思いっきり混乱していた。

「だってもヘチマもないでしょう!」
「へ、へちま?」
「いいんですか、このままコスタンツァ様が御前からお姿を消されても?」
「畏れながら殿下、私からもお願い致します。このままではコスタンツァさまは思い余って自害致しかねません」

「じ、自害!?」

 コスタンツァがどれほどアウレーリオを慕っているか、彼女の側仕えとして常日頃から見てきたエコーはよく知っていた。それだけに彼女が、自分の知らないところで妹と結託してまで自分を排除にかかった皇太子の行動に、強いショックを受けたことも正確に察知していた。
 そしてエコーはまた、コスタンツァが見た目の粗暴さとは裏腹に繊細な心を持っていることも知っていた。からこれほど手酷い裏切りを受けて、彼女の心が平穏無事なはずはないと、エコーには分かっていたのだ。

 だが普段から怯えきって、まともにコスタンツァを見もしなかったアウレーリオにはそれが分からない。だから彼は、エコーの真剣な嘆願にも戸惑ったようにトゥーリオを見るばかりだった。

「え、もしかしてお姉さまって、本当に?」

 チェチーリアとしては、普段から荒くれマフィアたちを率いて海賊まがいの行為に勤しむ姉しか見ていない。だから皇太子が怯えるのも当然だと思ったし、そんなんだからいつまで経っても彼に気に入られないのだと、ちょっと脅かす程度のつもりだったのに。

「そうですよ。ご存知なかったのですか?」
「だ、だってわたくしは、常日頃から殿下が情けないだの意気地なしだのと愚痴しか聞かされていませんし…………」

 皇太子の前でだけかと思いきや、実家でも自分で自分の首を締めてたコスタンツァであった。

「とにかく、おふたりともコスタンツァさまの後を追って下さい!宮城きゅうじょうからお出になる前に捕まえませんと!」
「お、あ、おう」
「分かりましたわ!さ、行きますよ殿下!」
「え、あ、うん」

 そうして皇太子はチェチーリアに腕を引っ張られるようにしてテラスを後にした。それを見送ってエコーとトゥーリオも顔を見合わせ、頷き合ってから皇太子とは別の方向へと捜索へ向かったのだった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「コスタンツァさま!」

 宮城内を駆け回り、ようやくエコーがその姿を見つけたのは三階の大広間のバルコニーであった。なんのことはない、コスタンツァは一階のテラスから出て行ったあと、その真上にあるバルコニーにやって来ていたのだ。
 エコーが声をかけた時、彼女はバルコニーの手すりにもたれ掛かって、眼下に広がる首都を眺めていた。

「………………なンだよ。今さら何の用だ」
「今さらも何も、私はコスタンツァさま付きの侍女でございます。あるじのおわすところ、どこでもお従い致しますわ」

 背を向けたままのコスタンツァに、エコーがそう言って歩み寄ろうとする。だがそれは、彼女の「来るな!」という短い叫びに止められた。

「もういいんだ」

 振り返らぬまま、コスタンツァが天を仰ぐ。

までついて来るこたァねぇよ」
「いけませんよコスタンツァさま、自棄やけになっては」
「いいンだよもう。アタイは疲れた」

「殿下もチェチーリアさまも本意ではございませんわ。コスタンツァさまにもう少しだけ態度を改めて欲しいとお考えになって⸺」
「それが無理だから、もういいって言ってンじゃねェかよォ!」


 コスタンツァは物心つく前からずっと、父ファブリチオに連れられて海に出ていた。それは姉アウレーリアと違って彼女が活発で人見知りしない娘だったからであり、この先男児が産まれなかった場合に備えて後継者を育てておこうとした父の意向でもあった。
 海の生活がコスタンツァの性格によく馴染んだこともあり、彼女はシュラクサの領主の娘としての生活よりもマフィアのボスとしての生き方を選んだのだ。そしてそれは、ふたつ下の弟マルチェロが正式に後継者として認められるようになってからも変わらなかった。

 それなのに突然、皇太子の婚約者になれと言われたのが14歳の時。そんなの無理だと思ったし、幼児の頃から染み付いたマフィアの生活が、その日常が簡単に変えられるはずもなかった。
 にも関わらず彼女がその話を受けたのは、皇太子の姿絵を見た瞬間に一目惚れしたせいである。最初の顔合わせの日、初めて会う従兄に緊張して顔も見ずにマフィア流の喧嘩口上を切ってしまって、それから彼の顔を見て失敗したと思ったが後の祭りだ。
 それ以来、彼の前でお淑やかに振る舞いたい乙女心と、自分の心の赴くままに自由でありたい姐御心との板挟みに、ずっと独りで彼女は苦しんできたのだ。

 なのに、大好きな皇太子いとこはいつの間にか妹と仲良くなっていた。だったら彼の幸せを願って、自分が身を引けばいい。肝心の政略も妹とならば問題ないし、もうこれ以上

 だけどやっぱり、妹と睦み合う彼を見るのは辛い。どうしても黒い感情が抑えられない。今だってムカムカするし、テラスから逃げ出したのもふたりを見ていたくなかったからだ。
 だったらもういっそ、二度とふたりを見なくて済むように⸺

「ですから、駄目ですってば」

 いつの間にかすぐ横まで来ていたエコーに手首を掴まれて、ようやくコスタンツァは我に返る。

「どうせ姫のことだから」
「ど、どうせって言うな」
「ご自分がチェチーリアさまと比べて可愛くないとか、ガサツで気の強い女だからダメだとか、ちょっとあのふたりがお似合いだとか思っちゃって自己嫌悪に陥ったりとか、そんなの認めちゃうのはなんかヤだとか、ヤだけどそういう風に考えちゃう自分も嫌だとか思ってるんでしょう?」
「おっ、おま!そんなハッキリ言うなよ……!」

「ハッキリ言わないと認めないじゃないですかコスタンツァさま。それとも間違ってますか?」

「ま、間違っちゃいねえ、けど……」
「けど?」

「なんか、恥ずかしいっつうか……そんなこと、チョットしか思ってねえし…………」

「ツンデレか!」
「うぇ!?」
「いやツンデレでしたね!コスタンツァさま!」
「お、あ、おう?」
「それ、そのまま殿下に仰って下さい!」

「い、言えるわけねェだろ!」
「いーえ!言うんです!そうしたら絶対、確実に、百発百中で殿下にブッ刺さりますから!」

 自信満々に断言するエコーの言葉に、コスタンツァの大きな陽神樹オリーブ色の瞳がさらに大きく見開かれる。

「いいですか、私の見る限り、皇太子殿下はああ見えてです」
「う、うん。…………え、そうなのか?」
「そして今正直なお気持ちを口にされたコスタンツァさまは、私が見てきたこの10年の中でも五指に入る可愛さでした!」
「そ、そっかな…………ってええ!?」

 思いがけず褒められてちょっとテレかけて、意外な評価に驚くコスタンツァ。
 ちなみに残りの四指分はエコーが仕え始めた7歳の頃のコスタンツァなので、今この時の彼女はここ10年で一番可愛いということになる。

「今のを殿下の御前で素直に出しさえすれば、殿下なんてです!」
「い、いちころ?」
「普段は怖いのに、ふとした時にめっちゃ可愛い。そのギャップさえあれば殿下ももう決して婚約破棄なんて言い出しませんよ!ですから!」
「ほ、ホントか!?」
「ホントですとも!そもそも殿下だって毎回あれほど怖がっておられながらも、コスタンツァさまとの10日に一度のお茶会は必ずおいでになりますし、今年に入ってからはほぼ5日と置かずにお会いしてくださるでしょう?この3年間ずっとそうして姫のことを見てきておられるのです。姫の本心がと、きっと気付いて下さいますとも!」

 エコーの熱弁に、コスタンツァの瞳ににわかに希望の光がともる。みるみるその頬が赤らんでいき、そして彼女は我知らず自分の頬を押さえて恥ずかしそうに侍女から目を逸らす。

「け、けどよォ、そんないきなり可愛いとか言われたって」
「可愛いじゃないですか!」
「うひぇ!?」
「コスタンツァさまは!誰が!何と言っても!お可愛らしいのです!この私が言うのだから間違いありません!」
「かっ、かっかわわわわ……!?」
「その顔!そのお顔ですよ姫さま!」
「ふひぃ!?」

 エコーががっしりとコスタンツァの両手を取り、包み込むように握りこむ。

「そのお顔のまま、殿下に『アンタなんて、ちょっとしか好きじゃないんだからねっ!』って言うんです!」
「いいいやちちちょっとだけとかじゃねェし!」
「いいんですよ!言葉と態度が噛み合わないギャップ萌えが一番効くんです!」
「ぎゃ、ぎゃっぷ?」
「はい練習!リピートアフターミー!」
「え、ぁ」
「“アンタなんて、ちょっとしか好きじゃないんだからねっ!”」
「あああアンタなななんて?ちょちょちょちょっとじゃねえし!大好きだし!⸺ってフザケんな言えるかよォ!?」

「…………コスタンツァ?」

 その時、不意に聞こえた声にコスタンツァの動きが止まった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

最後の思い出に、魅了魔法をかけました

ツルカ
恋愛
幼い時からの婚約者が、聖女と婚約を結びなおすことが内定してしまった。 愛も恋もなく政略的な結びつきしかない婚約だったけれど、婚約解消の手続きの前、ほんの短い時間に、クレアは拙い恋心を叶えたいと願ってしまう。 氷の王子と呼ばれる彼から、一度でいいから、燃えるような眼差しで見つめられてみたいと。 「魅了魔法をかけました」 「……は?」 「十分ほどで解けます」 「短すぎるだろう」

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

処理中です...