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1.皇太子と婚約者
しおりを挟む「こっ、ココココココスタンツァ!」
「あァ?」
「ぼっぼっ僕は、そっそなたとのこここ婚約を、はっはっ破棄しゅるっ!」
「何言ってんだテメェ?」
「ひっ!」
「そんなビビリ上がってどもりまくった豆菜野郎が何言ったって通りゃしねぇッつんだよ!いっぺん死ぬか?あァ!?」
「ひぃっ!?ごごごごめんなさいぃ!」
ここ最近、4日に一度は目にするいつものパターンだ。皇太子アウレーリオが婚約者のコスタンツァに婚約破棄を仕掛け、そして敢えなく論破される光景。
論破というか、恫喝され黙らされていると言った方が正しいが。
「これで、皇太子殿下の113連敗ですね」
「勝てないのになぜか人気になったどこぞの風馬みたいですな」
その様子を、侍女服に身を包んだ痩せぎすの娘と騎士服に身を包んだ長身の若い男が半目で冷ややかに見つめている。騎士は皇太子の護衛、侍女は婚約者の側仕えだ。
「ま、風馬の史上最多連敗記録は192連敗なんですけどね」
「まあ!それでは皇太子殿下なんてまだまだですわね!」
「そこ!僕を“勝てない風馬”みたいに言ってるんじゃないよ!」
ふたりが他人事のように論評していると、皇太子に涙目で睨まれた。
ちなみに“勝てない風馬”とは、風馬によるギャンブル『競べ馬』においてデビュー以来1勝も出来ずに連敗を重ねる牝馬、スプリングビューティ号のこと。彼女に賭けても当たらないことから“(事故に)当たらない”として外れ馬券が話題になり、欲しがる人が彼女の出走する競べ馬のレース場に殺到したという。
「おいオメェ、人と話してる時に他人の会話に混ざりに行こうたァい~い度胸してンな?」
その皇太子の襟首を、小柄な婚約者がむんずと掴む。
「ギャッ!」
「『ギャッ!』じゃねぇ!」
「グエッ!」
「『グエッ!』でもねえ!」
「お、お、おたすけぇぇ!!」
「情ねえ声出してんじゃねぇぞ!ホラ、行くぞオラァ!」
そうして涙目で暴れる皇太子の襟首を掴んだまま、コスタンツァは宮城の応接室を出て行った。
「…………時に解説のエコーさん」
応接室の壁際に控えたままの皇太子の護衛騎士が、ポツリと口を開いた。
「なんでしょう、実況のトゥーリオさん」
やはり壁際に控えたままの婚約者の侍女がそれに応える。
「今のコスタンツァ様の発言の解説をお願いします」
「そうですねえ、意訳するとすれば『今日は定例のお茶会でしょう?いつもの悪ふざけは程々にして、さっさと参りますわよ』でしょうか」
「なるほど、よく分かりました。いつもながら流石ですね」
「いえいえ、それほどでは」
そうしてふたりも、主人たちのあとを追ってお茶室へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西方世界の南方に拡がる広大な“南海”に突き出た形の“竜脚半島”、その南半分を領有する帝国、マグナ・グラエキア。かつて栄えた古代ロマヌム帝国の末裔を名乗る八裔国のひとつで、古代帝国以前に栄えていた統一イリシャ帝国の末裔をも称する、歴史の古い国だ。
その国是は『竜脚半島の統一』。半島の北部一帯を支配する、やはり八裔国のひとつエトルリア連邦王国を滅ぼして、竜脚半島を全て支配下に収めることを悲願とする。というのも、陸地を接する他国がエトルリアだけなので、この国はエトルリアに頭を押さえ付けられていると言っても過言ではないのだ。だからエトルリアを滅ぼし、他の列強諸国と国境線を接して初めて国の発展も見えてくるのだと、多くの国民が考えていた。
まあ近年になってエトルリアが“勇者”を輩出したため、その勇者が退くまで10年か20年か、あるいはそれ以上の期間、統一の悲願は遠のくことになってしまったが。
それはそれとして、マグナ・グラエキアは国内に大きな問題を抱えていた。というのもこの国は、古代帝国の滅亡直後に興った『ふたつの王国』を内包していて常に内乱の懸念があるのだ。
ひとつは皇帝家たるアンジュー家の支配する『ネポリ王国』。現在の首都であるネアポリスを拠点に、竜脚半島の中央部、つまりマグナ・グラエキアの北部を領有する。
そしていまひとつは竜脚半島の南端部とその海上に浮かぶ“竜爪島”を支配する『シュラクサ王国』。形の上ではネポリ王国に敗れてその支配下に入ったことになってはいるが、竜爪島を治めるアルタヴィッラ家を中心に現在でも隠然たる力を持っていて、いつ何時ネポリ王国とアンジュー家に叛旗を翻すか分かったものではない。
しかもアルタヴィッラ家と竜爪島の住人たちは大海に浮かぶ島という利点を活かし、南海の海上交易を一手に担うことで莫大な富を築き上げていた。厳しい掟と一族の固い結束で南海を支配する彼らはいつしか『シュラクサイ・マフィア』として恐れられるようになり、今やアンジュー家はおろか、南海の海洋覇権を目指すイヴェリアス王国やイリシャ連邦でさえおいそれと手が出せないほどの勢力になっている。
それが分かっているのか、シュラクサの領主は代々、公然と王を名乗っている。当代のファブリチオも形の上では一貴族でありながら、名乗りは『シュラクサ王ルジェロ12世』である。
そこで、現皇帝フェルナンド6世ヴィンチェンツォ・ディ・アンジューは一計を案じた。シュラクサイマフィアを牛耳る、アルタヴィッラ家当主のファブリチオ・ディ・アルタヴィッラに対し、お互いの息子と娘を娶せる政略結婚を提案したのだ。
会談は十数回に及び、お互いに譲れない線もあったが、半島統一の国是を成し遂げるためにと妥協を重ね、ついに両家の婚姻が結ばれることになった。
そうして選ばれたのが、アンジュー家の皇太子アウレーリオとアルタヴィッラ家の次女コスタンツァの婚約であったのだ。
アルタヴィッラ家が長女アウレーリアではなく次女コスタンツァを出したのには理由がある。皇太子、つまり次期皇帝の『姉』を作ることで、次世代においてアルタヴィッラ家を相対的上位にするためだ。アウレーリアは皇太子アウレーリオよりもふた月遅く生まれていたから、そのふたりを婚姻させるとどうしてもアルタヴィッラ家の方が下位に立たざるを得ない。それだけはダメだとファブリチオが頑として譲らなかったのだ。
ということで20歳の皇太子アウレーリオは、今日も17歳のコスタンツァに引きずられ、もとい、コスタンツァに伴われ、お茶室でいつものお茶会に臨んでいる。
だが優男で気の弱いこの皇太子は、気性が荒く言葉遣いも粗野な婚約者が怖くて仕方ない。何とかして婚約を破棄しようと毎回あの手この手で小細工を弄するのだが、いつも正面から叩き潰されて未だに逃げ切れる気配はない。
だから今も、青い顔をしてコスタンツァの向かいに座っている。
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