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04.明日がどうなるか、誰にも分からない
しおりを挟む国王はその場で、項垂れて何も言い返せない王太子の廃位と継承権の剥奪を宣言した。そして事実関係を調べ上げるため、王宮衛兵を呼び入れて元王太子、第一王子を拘束して引っ立てた。もちろん男爵家令嬢アナ=マリアも身柄を確保されている。
ふたりは引き離されそれぞれ貴族牢に押し込められ、厳しい取り調べの末に、自分たちの浅ましい計画を全て白状させられた。
第一王子は疎ましい婚約者を斥け、目の上のたんこぶである公爵家の力を削いで、自分の治世を思い通りに治めたかったと語った。
それはつまり、時代の先端をゆく法治体制を敷いている現行の立憲王政ではなく、前時代的な絶対王政への回帰を目指したということ。もっと言えば、国王専制の支配体制を志向していたということに他ならない。そのために婚約者と公爵家が邪魔だったのだ。
そして男爵家令嬢の方は身分不相応にも王妃を望んだこと、そのために非の打ち所のなかった公女リュクレースに冤罪をかけて失脚させ、無様に破滅する様を見て嗤ってやろうと思っていたのだと、そう語った。
だがその一方で、ちょっと唆しただけで全ては元王太子の独断であるとし、彼が廃された今となっては自分は無関係だから目こぼしして欲しい、とまで訴えたという。
結局、ふたりはともに死罪を言い渡された。
元王太子は毒杯を賜り、対外的には北の離宮で生涯幽閉処分と発表された。一方の男爵家令嬢のほうは、王太子を誑かし扇動したこと、公爵家の失墜を狙い、国家に存亡の危機をもたらしたことなどから大逆罪が適用され、首都の中央広場で公開処刑となった。
公開処刑は王国では実に約80年ぶりのことである。
ロベール王家とロタール公爵家の婚姻は白紙とされ、無かったことになった。当然、公女リュクレースにもなんの瑕疵もつかない。そのために彼女の元には婚約を願う釣書が大量に寄せられたが、彼女はそれを全て断ったという。
王太子位は第二王子が継承した。元より兄に万が一があった際に備えて必要な教育は施されており、新たに王太子となることに特に異論は出なかったという。ただし、リュクレースに改めて打診した第二王子との婚約は謹んで辞退された。有り体に言えば公爵家に拒否されたわけである。
一方のウェルジー伯爵アルフォンスは、王太子に阿らず真正面から堂々とその非を糾したとして、国王直々に嘉され勲章を授与された。若き伯爵のこれ以上ない鮮烈な社交界デヴューは人々の話題となり、彼は一躍時の人になった。
だがその一方で、彼は冷徹に事態を見据えてもいた。つまりアルフォンスをことさらに持ち上げ称揚しているのは、元王太子や王家の失態を糊塗しているだけなのだと。
「……気に入らんな」
「ならばいかがなさいます」
「まあ、今はまだ時を得ておらぬ。密かに準備だけ進めよ」
「はっ」
彼と、伯爵家に長く仕える老齢の家令とが領都本邸の執務室でそのようなやり取りを交わしていたことを知るものなど、ふたり以外には存在しない。
多数の釣書が寄せられたロタール公爵家だが、それらを全て無視する形で一通の釣書を送付した。送り先はウェルジー伯爵家。そう、アルフォンスに対してリュクレースとの縁談を持ちかけたのだ。
だがアルフォンス自身がそれを断った。ロタール公爵家は国の北辺、ウェルジー伯爵家は南東に所領を持ち、これまでにも繋がりはなく政略の旨味もない。それどころか両家が結びつくといたずらに王家を刺激し政情を危うくしかねないともっともらしく述べられて、ロタール公爵は引き下がらざるを得なかった。
それを聞いてリュクレースも、少しだけ残念そうな表情を浮かべたという。
アルフォンスにとってはその縁談は、正直なところ迷惑以外の何物でもなかった。確かに王家の分家でもあるロタール公爵家と縁を繋ぐことは、普通に考えれば大いに有用ではある。リュクレース自身も知性や教養、美貌を兼ね備えて将来の王妃として期待されたほどの女性であり、アルフォンスからの難点といえば彼女のほうがやや歳上である、という点くらいであった。
だがあの婚約破棄の現場で、アルフォンスとリュクレースは直接言葉を交したわけではない。たまたま居合わせてたまたま当事者として接点を持っただけだ。そして一族を挙げての離叛をほのめかした彼にとって、王家の分家との縁談は、縁というよりは柵というべきものであった。
王家との和解と融和を目指すならば、ロタール公爵家と今縁を繋ぐべきではない。そして王家と訣別するならば、今に限らず永遠にロタール公爵家と縁を繋ぐべきではなかった。
そしてそんなアルフォンスとウェルジー伯爵家に対して、王家のしたことと言えば懐柔である。具体的には第二王女との縁談を持ちかけたのだ。
第二王女はこの時11歳で、政略の駒でもあるためまだ婚約者を決めておらず、成人したばかりの16歳のアルフォンスとも年齢的に釣り合いが取れる。だがロタール公爵家と前後して同じく縁談を持ちかけられたことに、アルフォンスは失望を隠さなかったという。
要するに、考え方が同じなのだ。美姫さえ充てがっておけば喜ぶだろう、血縁になってしまえば裏切ることはないと、そう見下しているのが明らかなのだ。ゆえにこのふたつの縁談はアルフォンスとウェルジー伯爵家の態度を硬化させ、王国は長い間不和の種を抱えることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
悪いことは重なるものである。
およそ10年後、大流行した疫病により、王太子となっていた第二王子が逝去したのである。
すでに王太子教育も終えて、妃も得て世継ぎまで生まれていたのが不幸中の幸いであったが、その御子はまだ2歳である。とてもではないが王太孫として立てるには若すぎた。
譲位間近と見られていた王はすでに老境に差し掛かっており、早急に後継を定める必要があったが、分家であるところのロタール公爵家は王位継承を拒否。もうひとつの分家であるルワール侯爵家にも適齢の世子がおらず、王家は存続の危機に立たされた。
どうなることかと不穏な空気が流れ始めたところで、驚愕の事態が起こった。
なんと、北の離宮に生涯幽閉処分となっていた第一王子の王太子復帰が発表されたのだ。
そう。毒杯を賜ったと内示されていたはずの元王太子が、実は生かされていたのだ。無論、それはあくまでも内示であって公的には幽閉処分としか発表されておらず、ゆえに国民にはすんなりと受け入れられた。しかし貴族たちはそうはいかない。ある意味で王家の臣民に対する裏切りであり、謀られた格好の貴族たちからは非公式に抗議がいくつも寄せられたという。
だが結局、他に妙案がなかったのも事実である。数年ぶりに公の場に姿を現した第一王子がかつての己の所業を真摯に詫びて、生涯を国のために尽くすと[誓約]の魔術まで用いて宣言したこともあり、次第に臣下の貴族たちも容認に傾いていった。
だがそれで収まらなかったのがウェルジー伯爵家である。かつての宣言通り、第一王子の不支持を改めて表明した挙げ句、所領に至る全ての街道に関門所を設置して国内鎖国に及んだのである。
ウェルジー伯爵家は結局、数十年後に侵攻してきた南隣のイヴェリアス王国に呼応する形で叛旗を翻した。そして王家と王国の総力を挙げての討伐戦で討ち滅ぼされ、男爵位に降格の上で家門は取り潰された。
一方のロタール公爵家も、この一件以来王家とはひとつの縁談も組まなくなった。叛逆こそしなかったものの、ひとりの王妃も出さず、筆頭公爵家の地位も手放して、北方国境の守りに専任すると称して首都の公邸さえ引き払ったという。
ガリオン王国はウェルジー伯爵家の滅亡後も、変わらずに国境を維持し存続し続けた。だが華やかに繁栄を続ける首都とは裏腹に、周辺国との戦乱や各地で続発する天候不順、租税の取り立てなどが重なって、地方は疲弊気味で不満が燻りつつある。
即位した第一王子は妃を娶らず、弟の忘れ形見の成人と王太子教育の修了を待って彼に譲位した。その短い治世は特に大きな混乱こそなかったが、どこか不穏な気配が絶えず、彼が退位するまで宮廷内は常に緊張を強いられる空気が蔓延していたという。
ガリオン王国はかつての古代帝国の大公家の系譜に連なる歴史ある大国だが、その治世がいつまで続くのかは定かではない。
明日がどうなるかは、誰にも分からないのだ。
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