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落着編
しおりを挟む「ふむ、それはおかしいな」
ここで初めて訝しげになるお父様。
「ウチの娘はふたりとも王立学術院の寮に入っていて、学年も学科も違うから普段は顔も合わせないはずだが」
「え?」
「姉妹そろって昔から仲がよく、母親とともに街へ遊びに行ったりして三人仲睦まじいところを見られてなあ。それを人づてに聞いたりして頬が緩んだものだよ」
懐かしそうに語るお父様。その話を使用人たちにも嬉しそうに話すから、とても恥ずかしい思いをしたのをお分かりになってらっしゃるのかしら?
「しかも君が指差した姉のほうは、学業のない日は邸に帰ってきて領政の勉強がてら私の仕事を手伝っている。ますます妹を虐める暇などなかったはずなんだが?」
「……………。」
「だが、君がそこまで言うからには何かしら証拠があるのだろう?ひとつ見せてくれないか」
「あ………いや………」
「ああ、なるほど。今手元にないのだな。よし分かった、では明日にでも邸に持ってきてくれたまえ」
「あ、う、あ」
どうしたのかしら。彼のお顔が赤くなったり青くなったりして、ついには声も出せないほど青褪めてしまったけれど。
どこか具合でもお悪いのかしら?
そう思って、彼に対する優しさアピールよ!と目配せしようと妹を見たら、妹も同じ顔をしているわ。
あらあら、そんなところまでソックリなんて。本当にお似合いね。
「さて、ではそろそろお暇をしようかふたりとも。主催の侯爵夫人にご挨拶してきなさい」
「あ……お父様、わたくしは……」
「そうよお父様。妹はまだデビュタントも済ませてないのですから、今ご挨拶に伺うのはおかしな話になりますわ。招待頂いたのはわたくしだけですから、わたくしはご挨拶に行って参ります」
話を切り上げて帰ろうと仰るお父様。
途端に気まずそうになる妹。
だからわたくし、さり気なく妹がこの場に居てはいけないことを仄めかしつつ、お父様と妹に背を向けました。
えーと、夫人はどちらに…………ああ、いらっしゃった。まあ、やだ、すっごく面白そうにこちらをご覧になってらっしゃるわ。
「……………そういえば、何故お前はここに居るんだ?」
後ろで少々怒気を孕んだお父様のお声がして、妹が息を呑む音が聞こえます。
お父様、普段はわたくしたち姉妹を溺愛してらっしゃるけれど、間違ったことや道理の通らないことをしたらお怒りになるし、怒らせたらものすっごく怖いのよねえ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、わたくしと彼との婚約は解消となりました。もちろん彼の有責で。
そして彼は妹の婚約者に……………なんてことになるはずもなく、今は侯爵家で軟禁状態だと聞いています。
まあ、それはそうでしょうね。わたくしに冤罪をかけてまで婚約破棄を謀って我が家と侯爵家の縁を壊し、しかも他所様のお家の夜会で騒動を起こして迷惑をかけた挙げ句、主催の侯爵夫人からの連絡を受けて飛んできた侯爵さまに全部バレたのですから。
彼のお父様は侯爵夫人に必死に詫びて話を広めないよう頼み込んだそうだけれど、あれだけの人が見ていた中での騒動ですもの。噂にならないわけがありません。
だからきっと彼は、もう貴族としては致命的でしょうね。まあ元々、学業も剣術も魔術もイマイチな残念な方でしたから、彼の“被害”がこれ以上広がらないという意味では却って良かったのかも知れません。
そんなダメな男を何故婚約者にしていたのか、ですか?
わたくしの婚約者は、正味誰でも良かったのです。だって伯爵家を継ぐのはあくまでもわたくしですから、旦那様に求めるのは第一に子種。それを生む健康な肉体と、ほどよく見目の良いお顔と、あと強いて言えばわたくしに心を砕いて大事に扱ってくれる優しさがあれば、それで良かったのです。
まあ、最後のひとつはありませんでしたわね、どう考えても。思えばそれでわたくしを貶めようとなさったのですから、『強いて言えば』などと言わずに必須条件とすべきでしたわね。
ただまあ困ったことに、彼が居なくなったおかげでわたくしは一から婚約者を探し直さねばなりません。幸いにもあの夜の件はわたくしが一方的な被害者というとこで皆様ご理解下さいましたし、婿の来手がなくなるという事はないでしょうけれど、それでも人の噂が落ち着くまでは無理でしょうねえ。
ま、それはお父様にあと数年頑張って頂ければ済むお話なので。問題ありませんわね!
「私はこれでやっと家督を譲ってゆっくりできると思ったのだがね………」
「諦めて下さいましお父様。孫の顔が見たいのであれば、今度はちゃんとした方を見繕って下さいね?」
あ。ちなみに妹はというと。
「お姉様ああぁぁぁ!たぁすけてぇ~!」
何やら上階から聞こえてきましたけれど、どうかお気になさらず。自業自得ですし、今後このような事がないように、あの子にもしっかり教育を受けさせ直さなければなりませんので。
でもあの先生、わたくしの時もそうだったけれど、やたら厳しいのよねえ………。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【注】
婚約者の父の侯爵と、夜会の主催者の侯爵夫人とは夫婦ではなく別々の侯爵家です。思いつきで書いて設定を何も作ってないので固有名詞がなく、それで分かりづらくなっています。ごめんなさい。
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コチラも読ませていただきました。
確かに跡取り教育されてないと、知らない(いや知ってないと不味くないか?)法とかあるのかもですね、というツッコミポイントをうまく活かしてて面白かったです。
またこういったスタイルの作品があったら嬉しいです。
こちらにも感想ありがとうございます。
この話を書いた時の漠然とした設定では、嫡男嫡女とそれ以外の弟妹とでは教育内容が違う、ということになっています。そういう弟妹の結婚相手が嫡男嫡女だった場合には別途教育、結婚してから別に爵位もらえる場合にも別途教育、という感じです。
「当然知っているべきことを知らなかった(聞き流して忘れてた)」系の話はたくさんあるんで、じゃあ「知らなくても仕方ない、けど知らなかったからやらかした」って話を書こうとしたのがこの作品になります。
まあ、ホントのことを言えば妹に婚約者を取られる系の話で「さんざん貶した姉の妹を選んだら、アンタその弟になるけどいいの?」っていうコメディを書きたかっただけですけど(笑)。
似たような話、ってのもそう多くはないんですけど、ショートショートとして上げてる作品の多くは比較的テンプレに則った筋立てになってます。比較的短い話であればお手隙の際に気楽に読めるかと思います(^.^)
済みません。姉がいるので、嫁に行く立場だと勘違いしてました。
あっいえいえ、こちらこそなんか引っ掛けの意地悪言ったみたいになってすみません。
跡を継ぐ嫡子以外の弟妹の存在意義は、この話を書いた当初の考えでは
①嫡子に万が一があった場合のスペア
②政略として他家と縁付くための人材
③自家に残して当主の補佐をさせる助手
あたりを考えていて、妹の場合だと②がもちろん一番多くなります。
ただ「嫁ぐと決まったわけではない」つまり彼女の処遇がそうと決まったわけでないという意味であって、別に嫁がせないと言ったつもりはなかったのです。
誤解を招く表現で大変申し訳ありませんm(_ _)m
馬鹿妹は、嫁に行く立場なのでそんな厳しく教育する必要ないのでは?
感想ありがとうございます。
いえいえ、妹が「嫁に行く」なんて本編中では一言も言ってませんけどね?(笑)
まあ嫁に行くなら行くで、例えば当主夫人になる(次期当主含む)のなら後継教育は必要ですし、やらかした噂が広まってる(はずだ)からきちんと再教育しないと嫁の貰い手もないでしょうね。それでなくとも万が一主人公(姉)が亡くなるようなことでも起これば妹が代わって嫡女になるわけです。そういう立場なのに後継教育がされてないのは問題よね?と気付いた姉が父に再教育を進言して、それで受けさせていますね。
まあ、受け持ちの先生がやたら厳しいことは妹には黙ってましたが…(笑)。