上 下
1 / 3

婚約破棄編

しおりを挟む


「そなたとの婚約、今日ここで破棄させてもらう!」

 夜会の会場に現れた婚約者様は、わたくしに指を突き付けて声高らかにそう宣言なさいました。
 その大きな声に、周囲の夜会参加者の皆様が一斉に好奇の視線を向けてくるのが分かります。

「えっ?」

 突然のことに、思わず我ながら間抜けな声が喉をついて出ました。貴族令嬢として日頃から鍛えた笑みを顔に貼り付けることも、つい忘れてしまいましたわ。

「そなたがこれほど性根の卑しい女だとは思わなかった。これ以上私の婚約者としておくことは出来ない!ゆえに今日この場をもってそなたとの婚約を破棄する!」

 驚き固まるわたくしを尻目に、婚約者さまは同じことを二度仰いました。
 何故二度繰り返したのでしょう。大事なことだからかしら?

 というか、このことは両家の方々は了承されていらっしゃるのかしら?少なくともわたくしは寝耳に水なんですけれど。

「あの、一体何を──」
「言い訳など浅ましいぞ!」

 いえまだ何も言ってませんけれど。
 むしろ詳しい説明を求めたいのですけれどね?

「はっ。どうせ人品卑しい小心者のそなたのことだから、我が家とそなたの家の了承が、などと卑小なことを考えているのだろう?」

 なぜかさり気なく罵倒が含まれているように感じるのですけれど。
 もしかして、以前からそのようにお考えだったのかしら?

「だが残念だったな!」

 婚約者様、いえ婚約を破棄したつもりになっているは勝ち誇ったようなお顔で胸を張られます。
 ええと、なんでしたっけ。………ドヤ顔?確か庶民たちの間ではそう呼ぶのですわよね、こういうお顔のことを。
 話に聞く限りですけれど、きっとそうなのでしょう。わたくし初めて拝見しましたわ。

「私は新たに婚約を結ぶから心配ない!」

 そう高らかに宣言してもう一度胸を張る自称元婚約者様。
 その横に進み出てきたひとりの令嬢を見て、またしても唖然としてしまいました。さきほどよりも酷く、思わずポカンと口を開けてしまうほど。

「私は彼女と新たに婚約するから何も心配いらぬ!残念だったな!」

 彼の横に立ったのは、わたくしの妹だったのです。
 2つ下の、まだ成人の儀も済ませていない妹が、彼の隣でやはり勝ち誇ったようにニヤリと笑います。

 あらやだ、おふたりのお顔、ソックリじゃあありませんか。意外とお似合いなのかも?

「残念でしたわねお姉様。彼はお姉様よりわたくしをお選びになられたのよ!」

 そうなんですのね。
 確かにわたくしに会いに邸を訪れる際、よく妹とも話してらっしゃいましたっけね、そう言えば。

 ………あら?じゃあ、ということは。

「私は彼女と婚約して伯爵家を盛り立てていく!だからそなたは伯爵家に居場所などない!どこへなりとも出ていくが──」
「まあ!」

 つい興奮して、彼の言葉に言葉を被せてしまいましたわ。おまけに思わず手まで叩いてしまって。我ながらはしたない振る舞いだとすぐに気付いたけれど、もう遅くて。
 でもそんな事より、今仰ったことが本当なら。

「え、」
「ではわたくしの“義弟おとうと”になるということなのですね!」



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄した令嬢の帰還を望む

基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。 実際の発案者は、王太子の元婚約者。 見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。 彼女のサポートなしではなにもできない男だった。 どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。

元婚約者は戻らない

基本二度寝
恋愛
侯爵家の子息カルバンは実行した。 人前で伯爵令嬢ナユリーナに、婚約破棄を告げてやった。 カルバンから破棄した婚約は、ナユリーナに瑕疵がつく。 そうなれば、彼女はもうまともな縁談は望めない。 見目は良いが気の強いナユリーナ。 彼女を愛人として拾ってやれば、カルバンに感謝して大人しい女になるはずだと考えた。 二話完結+余談

王太子殿下が欲しいのなら、どうぞどうぞ。

基本二度寝
恋愛
貴族が集まる舞踏会。 王太子の側に侍る妹。 あの子、何をしでかすのかしら。

妹を叩いた?事実ですがなにか?

基本二度寝
恋愛
王太子エリシオンにはクアンナという婚約者がいた。 冷たい瞳をした婚約者には愛らしい妹マゼンダがいる。 婚約者に向けるべき愛情をマゼンダに向けていた。 そんな愛らしいマゼンダが、物陰でひっそり泣いていた。 頬を押えて。 誰が!一体何が!? 口を閉ざしつづけたマゼンダが、打った相手をようやく口にして、エリシオンの怒りが頂点に達した。 あの女…! ※えろなし ※恋愛カテゴリーなのに恋愛させてないなと思って追加21/08/09

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

過去に戻った筈の王

基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。 婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。 しかし、甘い恋人の時間は終わる。 子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。 彼女だったなら、こうはならなかった。 婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。 後悔の日々だった。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...