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07.正義の断罪

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 私は婚約者の名を呼んだ。
 元より首席として壇の目の前にいた彼女が顔を上げる。異変を察知したか、その周りの卒業生たちがやや間合いを取り、だから彼女はひとりでポッカリと開いた空間にひとり佇むことになった。

 深い澪色の瞳が、壇上の私を見上げる。
 ああ、そう。その瞳だ。
 いつでも私を信じ、私だけを見ていてくれた、その瞳。

「そなたとの婚約を、今この場で破棄する!」

 私は高らかに宣言した。
 卒業生たちも在校生たちも、その保護者たちからも、息を呑む気配が伝わってくる。

 こんな場所で言うものではない事くらい分かっている。本来ならば関係者だけを密室に呼んで、事が外に漏れないよう万全の準備を整えて、内々に処理すべき案件だ。そうして対外的には当たり障りのない理由とともに事実だけを発表するものだ。
 だがそれをわざわざ衆目の面前で、それも主要貴族たちを含めて数百人もの人々の前で高らかに宣言したらどうなるか。

 そう。もう後には引けなくなる。

「畏れながら申し上げます。──り、理由を、お聞かせ願えますでしょうか」

 我が婚約者は努めて冷静だった。だが身体はよろめき、その顔面は蒼白で額には汗がにじみ、大きく見開かれた澪色の瞳が揺れている。

「そなたは、ここにいるヒロインこの子を在学中ずっと虐めていたそうだな!すでに証拠も証言も揃っているのだぞ!」
「み、身に覚えのないことでございます」
「見え透いた嘘を言うな!」
「王族に向かって虚偽を述べるなど、誓ってあり得ませぬ」

 私と婚約者との口論に、周囲からの戸惑いが膨らんでゆくのが分かる。戸惑っていないのは………私の後ろのと、あとは保護者の中にもいるな。

「ええい、まだ言うか!だがこれを聞いても同じことが言えるか!?」

 私はサッと右手を肩まで上げ、それに呼応して宰相子息が私の隣まで進み出る。彼はあらかじめ用意していた書類の束をめくり、ひとつひとつ、虐めの証拠を提示していく。日時、場所、虐めの内容、いずれも具体的に、事細かに。
 そして時折在校生の何名かを指名しながら、間違いないか確認してゆく。

 指名されるのは生徒会室に注進に及んで来た者たちだ。大半は下位貴族の子女たちだが、彼ら彼女らはいずれも王子わたしの威を借りているのか、自信満々で喜々として饒舌に語る。
 だがまあ内容は、ゲームシナリオ通りのテンプレだ。教科書を破いた、取り巻きと囲んで暴言を浴びせた、中庭の噴水に突き落とした、制服を引き裂いた、などなど。

 シナリオにあって証言に出なかったはふたつ。ひとつは「ドレスにワインをわざとこぼして王子とダンスを踊れなくした」だが、これはこの夜会で起こることで、本来のシナリオとは異なり私が入場してすぐ断罪を始めたから起こらなかった。
 いまひとつは「嫉妬にかられて階段から突き落とした」だ。これはおそらく、私があの時茶会に呼び出して糾弾したことでのだろう。あの時は気付いていなかったが、よく考えればあの茶会もシナリオにはなかったことだ。

「それらは全て、捏造されたものに過ぎませぬ」

 婚約者は冷静に、それらひとつひとつを捏造だと断じ、その時どこで何をしていたのか詳細に論理立てて説明してゆく。堂々と胸を張り、その姿に一片の曇りもない。
 そして彼女の反論が完璧であるがゆえに、後ろに居並ぶ側近候補たちもヒロインも、それを覆せずに焦りだしているのが分かる。

 さて、そろそろ良いだろう。

「ふむ、では本当にやっていないのだな?」

 婚約者の目を見て、確認するように声をかける。

「仮にわたくしが殿下に虚偽を述べたと判明しましたならば、死罰を賜ろうとも拝受致しますわ」

 彼女ははっきりと宣言し、私の目を見返してきた。
 その瞳は、もう揺れていなかった。


 揺れていたのは、ヒロインの態度だ。
 もちろん表情も抑えて叫び出すのも我慢していたが、と全身で表現していて、振り返らなくとも分かる。

「う、嘘よ!わたしは本当に虐められて──」

 あ、声に出しちゃったな。
 ああ、うん、今のはか。

 そのままヒロインはわたしの腕にギュッと抱きついてくる。胸が当たっているのはわざとだ。
 っちゅーか残念だったな、私は前世では社会人も経験していたし、恋も結婚もして子供もいたんだ。今さらこの程度の色仕掛けで動揺したりするわけがない。

「さて。彼女はこう言っているが、何か反論はあるかな、侯爵」

 縋り付きキャンキャン吠えているヒロインを無視して会場を見渡し、目当ての人物に目線を止める。長年にわたって宰相を務める侯爵、側近候補の父親だ。
 だがその視線を巡らす前に、私は彼女にチラリと視線を送っておいた。聡い彼女はそれだけで全て察するだろう。

「宰相は長年にわたって不正に手を染め、横領を重ねて私腹を肥やしていたこと明白。証拠も押さえてございます」

 彼女はしっかり応えてくれた。

「なっ…!?何を申されるか!」
「騎士団長は王都のスラム街の窃盗集団と接点があり、警邏けいら情報を売り渡しておりますわ」
「何だと!?我輩を侮辱するつもりか!」

「商会頭は宰相、騎士団長、魔術師団長はじめ政府中枢の幾人かに加えて議員貴族たちにも賄賂をばら撒き、国内の販売利権の独占を得ておりますわ」
「ほ!?ほ、ほほ、なんの事やら………?」

 突然名指しされた宰相、騎士団長、商会頭らがそれぞれ顔色を変え、彼らに与していた貴族たちも同様だ。だがこの時にはもう、が会場になだれ込んでいて、誰ひとり逃さない。

「な、なに?なんなの?」
「殿下!これは一体どうしたことですか!?」
「そうだ!長年忠を尽してきた我らにこの仕打ちとは!」
「信用が全ての商人に賄賂疑惑とか、あんまりだよ殿下…」

「黙れ」

 ヒロインや側近候補たちが口々に抗議してくるが、私の一言で押し黙る。目が泳いでいるぞ、お前ら。

「お前たちはその父らに協力し、男爵家令嬢を私に近付かせ、私の失脚を目論んだ。証拠もすでに挙がっている。言い逃れはできんぞ」

 振り返り、はっきりと宣言してやると、彼らの顔が見る間に驚愕の色に染まってゆく。
 そう。彼らは共謀して男爵家令嬢ヒロインで籠絡した私を王位に登らせ、いいように操ろうとしたのだろう。仮に私が失脚すればまだ若い第二王子おとうとを擁立して恩を着せ、傀儡に仕立てる計画だったのだ。
 そうすれば、私と弟のどちらが王位を継いでも、彼らとその家門は国政を壟断できるのだから。

「この者らを捕らえよ!」

 すぐに近衛騎士たちが壇上に上がってきて、次々と暴れる彼らを取り押さえてゆく。
 それを見ながら私は、おもむろに宣言する。

「この女は地下牢へでも入れておけ!」





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