3 / 10
03.攻略
しおりを挟むヒロインの娘は、いつの間にか私の側近候補たちに取り入って、彼らに囲まれて我が世の春を謳歌していた。
メガネをかけたクールキャラの宰相の子息も、爽やか脳筋の騎士団長の子息も、ふんわり子犬系癒やしキャラの商会頭の子息も、陰気で人見知りの激しいコミュ障キャラの魔術師団長の子息でさえも、ヒロインの周りに侍って楽しそうにしている。
いや待て、これはマズいぞ。
ヒロインが目指してるのはおそらくハーレムエンドだ。だとすれば、絶対に王子も標的にしてくるはずだ。
そしてハーレムルートのエンドでは誰と結婚してもヒロインにはハッピーエンドだが、何となく確信に近い予感がある。あの子の狙いは私だと。
だが待てよ。ひと呼吸おいて考えた。
私の目指す悪役令嬢ルートは、ハーレムルートのその先にある。だとすれば、一旦はあの子の攻略に乗ってみるべきではないのか。
そうした方が、悪役令嬢ルートの解放には近道になるかも知れない。
一か八かの危険な賭けにはなるが、試してみる価値はあるだろう。自分が間違わなければ問題ないはずだ。
だが万が一ということもある。自分を見失わないよう、これからは日記をつけておこう。もしもシナリオの強制力に流されてしまっても、見返して正気に戻れるように。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからはアニメやゲームで見たままのイベントが淡々と過ぎていった。魔術合宿でヒロインと攻略対象者だけが遭難して、一晩を山の洞窟で身を寄せ合って過ごしたり。休日に遊びに行った海で波に流されて、ヒロインと攻略対象者の6人だけで無人島に流れ着いたり。学園の武術大会に攻略対象者全員が出場してヒロインから応援されたり。
元が日本で発売されたゲームだから、クリスマスやバレンタインといったイベントももちろんある。なんで異世界なのにそんなものがあるのかは割とうやむやだったし、今生きているこの世界でも人々は何となく受け入れている。ちなみにこのふたつは好感度アップイベントだ。ヒロインはその時に一番好感度が高い攻略対象者からクリスマスにデートに誘われ、バレンタインには好感度を上げたい攻略対象者にチョコを渡す。
一年時と二年時はヒロインは私にチョコを渡してきた。まあそりゃそうだろう、私が一番あの子と距離を置いていたんだから。クリスマスのほうは、あの子は一年時には宰相子息と、二年時には商会頭子息とデートしていた。
ついでに言えば武術大会は二年とも私と騎士団長子息との決勝戦で、私はどちらも彼に負けた。ここは優勝者が好感度アップするので勝つと微妙なことになる。ただまあ、負けたのは実力だ。彼はさすがに騎士の息子だった。
二年時の途中から、愛しの婚約者に関する噂がちらほら流れ始めた。彼女はすっかりアニメやゲームでおなじみの姿になっていて、それに憧れた大勢の取り巻きに囲まれるようになっていた。もちろん凛として堂々と、第一王子の婚約者として相応しい品格を備えて揺るがぬ地位を築いていた。
その彼女が、裏では気に食わない令嬢たちを虐めている、という。確かに何かと至らない令嬢たちに彼女が口頭で注意をしていたのは何度か見たことがあるが、いずれもたしなめる程度で、言われるほど酷い言葉は浴びせていなかった。
だが、これはゲームのシナリオ通りの展開なのだ。噂はだんだんエスカレートして、最終的に彼女がヒロインを学園のエントランスホールの大階段から突き落とした、というところまで発展する。
王子ルートだと、その場に私が居合わせる事になる。そして階段下で蹲るヒロインを抱き上げて医務室へ運び、その翌月の卒業記念パーティーで彼女に婚約破棄を突きつけ断罪するのだ。
もちろん、そこまでヒロインの攻略に付き合ってやる義理はない。だから密かに付き従う“影”たちに、噂の真偽の確認と、悪意ある捏造であればその証拠を集めること、それにその裏に何かしらの陰謀があればそれも調べておくように命じておいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちは全員揃って三年に上がった。攻略対象者の5人はもちろん、ヒロインも婚約者も。ヒロインは入学から2年経ってもまだ貴族令嬢として至らない面ばかりで、努力の跡は伺えるものの、結局のところ貴族としては向いていないのだろうと思った。
だがそんな彼女の周りに私の側近候補たちは常に侍るようになっていた。私と彼らとは二年時の途中から生徒会に入っていたため、ヒロインも当たり前のように生徒会室に入り浸る。
そして婚約者はといえば、王子妃教育が進んできていて生徒会活動の時間が取れないということで、生徒会には入らなかった。私は会長に選出された際に彼女を副会長に推したのだが、本人から申し訳なさそうに断られた。
うん、まあ、ゲーム通りだな。
ゲームシナリオのままなのは、ちょっと不味いのだが。
ヒロインはよく差し入れを生徒会室に持ってくる。それはクッキーやビスケットなどの手作り菓子が多かったが、時々は王都の有名店で買ってくることもあった。王族たるもの本当は毒味もなしに飲食してはならないのだが、学園に在籍している間は皆と同じく学食も使っているし、その時には毒味なんて立てないのだからヒロインの差し入れも断り難かった。
だから、側近たちにも勧められるまま、いくつかは口にした。
必然的にというか、婚約者との時間は減りヒロインとの時間が増える。生徒会室への出入りを禁じたかったが、建前として生徒は誰でも訪れてよい事になっているため、それも難しかった。
「殿下、差し入れです。良かったら…」
「ああ、いただこう」
「お味はどうですか?」
「うん、美味い。また腕を上げたんじゃないか?」
いやお世辞抜きで本当に美味い。
いくつでも食べたくなる。
婚約者との定例のお茶会も、互いの時間が合わずに流れることも増えていった。私は王子としての公務もこなすようになっていたし、彼女の方は王子妃教育が佳境に入っていた。
だから仕方ない。自分にそう言い聞かせて、いつしかそれが当たり前になっていた。
239
あなたにおすすめの小説
【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜
真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。
しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。
これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。
数年後に彼女が語る真実とは……?
前中後編の三部構成です。
❇︎ざまぁはありません。
❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
侯爵令嬢の置き土産
ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。
「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
幼馴染か私か ~あなたが復縁をお望みなんて驚きですわ~
希猫 ゆうみ
恋愛
ダウエル伯爵家の令嬢レイチェルはコルボーン伯爵家の令息マシューに婚約の延期を言い渡される。
離婚した幼馴染、ブロードベント伯爵家の出戻り令嬢ハリエットの傍に居てあげたいらしい。
反発したレイチェルはその場で婚約を破棄された。
しかも「解放してあげるよ」と何故か上から目線で……
傷付き怒り狂ったレイチェルだったが、評判を聞きつけたメラン伯爵夫人グレース妃から侍女としてのスカウトが舞い込んだ。
メラン伯爵、それは王弟クリストファー殿下である。
伯爵家と言えど王族、格が違う。つまりは王弟妃の侍女だ。
新しい求婚を待つより名誉ある職を選んだレイチェル。
しかし順風満帆な人生を歩み出したレイチェルのもとに『幼馴染思いの優しい(笑止)』マシューが復縁を希望してきて……
【誤字修正のお知らせ】
変換ミスにより重大な誤字がありましたので以下の通り修正いたしました。
ご報告いただきました読者様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
「(誤)主席」→「(正)首席」
もう愛は冷めているのですが?
希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」
伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。
3年後。
父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。
ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。
「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」
「え……?」
国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。
忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。
しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。
「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」
「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」
やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……
◇ ◇ ◇
完結いたしました!ありがとうございました!
誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる