【完結】傷物公女は愛されたい!

杜野秋人

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09.婚約の真実(1)

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「それにしても、本当に良かったの?」

 王都にある公爵家の王都公邸。燦々と陽の降り注ぐそのテラスで、ふたりきりの茶会を楽しんでいるのは言わずもがな公女レジーナと、その婚約者たる子爵家の次男ルキウスである。

「良かった、とは?」
「王位よ。わたくしは全然、我が家が王家に成り代わっても構わなかったのだけど?」

 公女がそう言うまでもなく、国内の誰もが公爵家は王家を打倒して、新たな王朝を築くものと考えていた。それがいざ終わってみれば王家の交代はなし、元々立太子予定だった第一王子が王太子位を飛ばして即位し、公爵家は表向きはその補佐となる副王位に甘んじたのだ。
 第一王子こそ新王となったものの、第二王子は臣籍降下して公爵家を新たに立ち上げることが決まっている。そして今回のクーデターの引き金となった第三王子とその母の側妃は、あらぬ証拠をでっち上げ冤罪事件を計画し実行したとして処刑された。また王妃以外の全ての側妃は離縁させられ実家に戻されたが、この中には第二王子と第二王女の母たちも含まれている。
 なお前王と前王妃は、国土北辺の僻地にある離宮に幽閉されることとなった。一連の事件に王妃の関与は薄く、その意味で処分が過大ではないかという擁護論も出たが、前王妃は颯爽と、嫌がる前王を引きずって離宮へと発っていった。

 公爵家が敢えて王家を存続させたことに関して、様々に噂が流れているという。表向き王家を存続させることで諸外国との軋轢を避けたのだとも、副王家が影から王家を支配する黒幕フィクサー化するのだとも言われているらしい。実際、かろうじて存続を許された形の王家にもはや力がないのは明白である。
 第一王子と同じく前王妃の子である第一王女がすでに他国に嫁しているのだが、王家を残したのは彼女に対する配慮だという見方もなくはない。

 だが、実際のところは大きく異なる。

「いやあ、さすがに王配とか務まりませんよ」

 単に、公女の将来の夫であるルキウスが、自分が王配となることに難色を示しただけである。

「まあ、レジーナ様が女王になるのはちょっと見てみたいですけど」
「だったら貴方も頑張って礼儀作法や王族教養を修めればいいじゃない」
「それでもいいんですけど、さすがに王配になってしまうと『レジーナ様のためだけに生きる』っていう約束が果たせなくなりますからね」

「それは、確かにそうだわ」

 婚約者の選定に当たって、公募の際に公女が唯一求めた『公女が真に望むもの』という条件。実は彼女が求めたのは、自身に対するである。
 なにしろ彼女は筆頭公爵家の唯一の子女として、物心ついた頃から多くの大人たちに傅かれて来た。だが取り巻く誰も彼もが彼女の生まれ持つ地位や将来的に得られる権勢、財産などを尊重するばかりで、何も持たない丸裸のを無条件に愛してくれたのは、唯一両親だけであったのだ。
 だからこそ、彼女はごく自然に婚約者にも愛を求めたのだ。婚姻して何年経とうとも家族への愛を隠そうともしない両親を見て、自分もそういう家庭に憧れたのは無理からぬことであった。

 だからこその公募であり、大掛かりな自作自演まで仕組んで傷物の風評を形成したのもそのためだ。伝統的に、貴族子女には婚姻前の純潔の保持が強く求められるが、それさえも彼女にしてみればでしかなく、自身の価値ではなかったのだ。


 そんな彼女の公募に、子爵家の次男は当初応募すらしていなかった。そもそも身分差が大きいという事もあるし、何より話したこともない相手と婚姻を見据えた関係を築くということが、彼にはどうしても想像しづらかったのだ。
 というのも彼、ルキウスは転生者の元日本人だったのである。彼にとって結婚とは恋愛結婚であり、釣書の送付により家同士の利害を優先して組まれる政略結婚には馴染めそうもなかった。ただ幸いにも彼は次男であり、子爵家を継ぐ長男以外に継げる爵位もないため、成人後には平民として生きるつもりであったのだ。

 そんな彼に、友人のひとりが聞いたのだ。「君は公女の婚約者に応募したのか」と。





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