クズ人間の婚約者に嫁がされた相手は、ただのダメ人間でした

杜野秋人

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06.奇跡的なシナジーは愛をも育む

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「旦那様!だ・ん・な・さ・ま!もう朝ですよ!起きてくださいませ!」

 ライデール伯爵領のヘルムスリー邸では、毎朝アデラインの声が響く。

「う~ん、あと5分……」
「“5分5 minutes”の意味が分かりませんが、今すぐ起きるのです!さっさと起きて、とっとと朝食をお済ましになって、今日もキリキリ働いて頂きますからね!」

 婚約してからヘルムスリー邸でブライアンと同居するようになって、アデラインは“真実”に気がついた。

「もしかしてこの方、とんでもないダメ人間なのでは……!?」

 そう。ブライアンが、実はダメ人間だということに彼女は気付いてしまったのだ。

 なにしろ彼は、朝ひとりで起きれないのだ。それだけでなく実はサボり魔で仕事なんて本当はしたくなく、事あるごとにサボろうとする。まめに行っている領内の視察も、実は書類仕事から逃げ出していただけなのだ。
 密かにプライドが高く、人からの賞賛がなければやる気を起こさないくせに、些細なミスをちょいちょいやらかす。しかもそれを指摘されると不貞腐れて仕事しなくなる。その割に誰も何も言ってくれないと急に不安がって周囲にうざ絡みする。
 しかも風呂が嫌いでさらに水虫持ちである。その上ムッツリスケベで、密かに領内の娼館を足繁く利用している事まで判明した。

 仕事ができて領民にも使用人にも優しくて、穏やかで有能な普段の彼の姿は、最低限その程度はやっておかないと当主失格の烙印を押されてしまうからなのであった。
 そりゃあ過去の婚約者たちが逃げ出すのも無理はない。こんな面倒くさい男を生涯世話しなくてはならないなんて、普通に考えれば嫌すぎる。負債以外の何物でもない。悪い噂は、嘘でも何でもなく本当のことだったのだ。

 だが同時に、アデラインは気付いてしまった。

「というかこの方、誰かが面倒見てあげないとますますダメになるのでは……!?」

「お分かりになりますかアデライン様」
「ニコルソンさん?」
「旦那様のお世話をするのは本当に大変で」
「ドーラさん?」
「もう私たちは旦那様は一生このままだと諦めておりました」
「ジェイムズさんまで!?」

 家令と侍女長と執事に口を揃えてそう言われ、アデラインは愕然とする。だが彼らの献身があったおかげで、ブライアンは今まで無難に伯爵領をまとめ上げて来られたのだと理解した。

(これって、……よね?)

 そしてアデラインは全く自覚していなかった。自分が、面倒くさい男に尽くすことに生き甲斐を感じる“ダメンズ好き”であることに。しかも彼女、実のところ“枯れ専”でもあった。
 どちらも普通に生きている真っ当な貴族令嬢の生活では、まず気付けない特殊性癖である。だが、私生活に問題の多い高齢者ブライアンにとっては、奇跡的なほど最適の“人材婚約者”であった。

「……そう、そうよね。皆の頑張りを今さら無駄にはできないもの。これからはわたくしが頑張ればいいのだわ!」
「「「おお……!救いの女神よ……!」」」
「任せて!ブライアン様はわたくしが立派に更生させてみせますわ!」

 こうしてブライアンはアデライン監修のもと、強制的に自立更生プログラムを受けさせられるハメになる。

「旦那様!もう、朝はきちんと起きて下さいませ!」
「えー、だって寒いし」
「そう仰るからわざわざ高い暖房の魔道具を購入したではありませんか!」

「旦那様!湯浴みは毎日!きちんと!」
「えー、いいよ3日に一度で」
「ダメです!」

「旦那様!だから邸内では専用のサンダルをお履きになってと申し上げているでしょう!」
「だってあれダサいんだもん」
「水虫の治療には何よりも清潔!そして患部の乾燥が必要です!少なくとも邸内では必ずサンダルあれで過ごして頂きますからね!」
「…………どうしても?」
「どうしても、です!最低でも水虫が完治しなければ、わたくし婚姻して差し上げませんわよ!?」
「うっ……それは……困る……」

 いくらアデラインでも水虫持ちの旦那は嫌だ。
 そして自分を厭うこともなく甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるアデラインのことを、もうブライアンも手放せなくなっている。もしも彼女に逃げられてしまったら、今度こそ本当に誰も嫁になど来てくれないだろう。

「はぁ……。しょうがない、頑張るか」
「あっそれから!毎朝邸の周りを2周走って頂きますからね!」
「えっなんで!?」
「だって旦那様、お腹出過ぎですわ!お若い頃の姿絵はあんなにシュッとなさっているのに、見る影もないではありませんか!」
「え、いや、あれは」
「言い訳は無用です!横に並ぶわたくしが恥ずかしくない程度には痩せて頂きますからね!」

 絵師に頼み込んで超カッコよく描いてもらっただけ。そう言いかけたブライアンの言葉はバッサリと切り捨てられた。

「うええ、マジかぁ……」
「あと頭皮にも気を使って下さいませ!生え際が後退してるってドーラさんが嘆いてましたわよ!わたくしだって、ハゲた旦那様なんて嫌ですからね!」
「ううう……はい……」


「もしかして旦那様とアデライン様って」
「いや、もしかしなくとも仲いいだろ、あれ」
「やれやれ。これでワシもようやっと引退できそうだな」
「えっダメですよニコルソンさん!」
「そうですわ!ひとりだけ逃げようだなんて!」
「バカ言え!ワシはアレを48年も世話してきたんだぞ!?」
「「そこまで頑張ったなら、最後までやるのが筋でしょう!?」」


「アデライン~捨てないでくれぇ~!」
「はいはい。心配なさらずともわたくしはずっとここにいますわよ」
「うう~ありがとう~!」
「でもとして下さらないと、ずっと情けないままでしたらわたくしも愛想を尽かすかも知れませんね?」
「ゔっ……!わ、分かった、ちゃんとする」
「……ふふ。旦那様はキリッとなさっていればそれなりに格好良いのですから、頑張ってわたくしを繋ぎ止めて下さいませね?」

(とか何とか言いながら、アデライン様とっても嬉しそうだわね)
(ありゃ絶対に惚れてるよな)
(ううう……あのダメダメ坊っちゃんにはもったいなさ過ぎるのう……!)


 今日もライデール伯爵ヘルムスリー家は平和のようである。そしてライデール領とハンブルトン領の提携も順調だ。それもこれも、ひとえにアデラインが来てくれたおかげである。
 そんなふたりは社交の場にも少しずつ顔を出すようになり、その仲睦まじさを多くの人々に目撃されて、『奇跡の歳の差凸凹カップル』と噂になっているそうな。
 知らぬは当の本人たちばかりである。





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感想 1

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みんなの感想(1件)

千夜歌
2023.12.19 千夜歌

アデラインは元婚約者と結婚せずに済んで本当に良かったです。性悪の心の狭い浮気男なんて、絶対に幸せになれませんよ!

その点新しい婚約者は面倒な性格(私は絶対無理)ですが、ダメンズ好きの枯れ専なら相性ぴったり!


気が重いお話かと最初躊躇しましたが、テンポも良く楽しく拝見出来ました。


素敵なお話ありがとうございました。
これからもご活躍楽しみにお待ちしています(///ω///)♪

2023.12.19 杜野秋人

感想ありがとうございます♪

テンポよく楽しめたと言っていただけて何よりです!

解除

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