5 / 6
05.こんなはずでは!?
しおりを挟むデイモンは新たにチェスターフィールド子爵家の次女、タバサ・ハーパーと婚約した。チェスターフィールド子爵家はリッチモンド侯爵領の南隣に領地を持ち、主要産業はリッチモンド領と同じくペイニーン山脈の鉱山開発である。リッチモンド侯爵家とチェスターフィールド子爵家は鉱山開発の相互協力で提携したわけだ。
「よろしくお願い致しますわデイモンさま。ふふ、とうとうあの女の追い出しに成功したのですね!」
「そうだとも。これで晴れて君を迎え入れることができる」
何を隠そう、タバサはデイモンの浮気相手のひとりだったのだ。ふたりはタバサがヨーク市立大学に在学中から関係を持っていて、すでに何度も肌を重ねた仲だった。そして彼女は今年卒業したばかりの16歳である。
タバサは伯爵令嬢のアデラインさえ追い落とせば自分が次の侯爵夫人になれると考えて、それで日頃から様々に画策していた。それが思いがけずハンブルトン伯爵の死去によってまんまとデイモンの婚約者の座を手にしたのだから笑いが止まらない。
「しかし君も悪い女だな」
「あら、デイモンさまだって人のこと仰れないでしょう?」
そしてそんなタバサの腹黒な面をこそデイモンは愛していた。なんたって自分と同じ匂いがするのだ。ならば公私ともに、あるいは心身ともに彼女は自分を理解してくれるだろう。表情も豊かだし、身体はもっと色々豊かだし、頭でっかちでお堅いばかりのアデラインなんぞよりよっぽどいい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっとデイモンさま!」
だがそんなタバサにも欠点があった。
「なんですのこのルビーは!?」
執務室に怒鳴り込んできた婚約者に、デイモンは面倒くさそうに目を向けた。
「何って、見たら分かるだろう。“ヴィクトリアンレッド”だ」
鉱山経営の子爵の娘のくせにそんなことも分からないのかと言いたげなデイモンに、タバサは目を吊り上げる。
「貴方の目は節穴ですの!?ヴィクトリアンレッドとはもっと深みのある“紅”い色で、石の内面から赤の魔力の輝きがにじみ出るもののことを言うのです!こんなただのルビーがヴィクトリアンレッドなはずがないでしょう!」
「何を言っている?これを我が領ではヴィクトリアンレッドとして売っていて、社交界でも好評なんだぞ」
「…………ああ。最近贋物が出回ってて価値が落ちているとウチの鑑定士たちが零してましたが……レイバーン家のせいでしたのね……」
タバサは宝石を扱う子爵の娘らしく目利きが鋭かった。
「冗談ではありませんわ!この指輪のダイヤモンドはせいぜいVS1ではありませんか!」
「それの何が問題だ?」
「侯爵家では婚約者に夜会で身に付けさせるジュエリーに傷物を用意して平気なのですの!?FLとまでは言いませんが、最低でもVVSクラスを用意するのが常識でしょう!?」
「そんなもの、いくらかかると思っているんだ!?」
しかも“本物”が分かるだけに、生半可なものでは妥協してくれなかった。
「クッ……!なんて金のかかる女だ……!」
「あら。我が家はこの婚約を破棄して頂いても構わないのですよ?」
そしてタバサとの婚約は破棄できない。リッチモンド侯爵領で新たに見つかった鉱脈とは魔鉱石の鉱脈であり、宝石類とは採掘方法が異なるのでリッチモンド侯爵家にはノウハウがなく、それを持つチェスターフィールド子爵ハーパー家の力を借りるしかないのだ。
ちなみに魔鉱石とは、魔力を内包した特別な鉱石のことである。“無色”のものは安価だが魔道具に広く使われるので需要が高く、そして黒、青、赤、黄、白の五色の魔力に純化した“色付き”の魔鉱石は非常に希少で、その価値は宝石類の数十倍にもなるのだ。
「“色付き”が採掘できなくても良いのなら、いつでも婚約破棄なさいませ?」
「クッソ……足元見やがって……!」
「おい、大丈夫なのかデイモン!?」
「父上……!」
下手すると魔鉱石採掘の利潤をも食い潰しかねないタバサの要求と散財に、リッチモンド侯爵も青い顔だ。
「タバサ嬢との婚約は、元々結ばれていたペンデル伯爵家との婚約を破棄させてまで結んだのだぞ!それを今さら破談になどしたら、社交界で何を言われるか……!」
「分かってますよ!」
分かっていてもどうにもならない。もはや後戻りなどできるはずがないのだ。
というかお互い婚約者のある身で浮気の恋に溺れて、すでに彼女の純潔まで頂いてしまっているのだから、今さら彼女をペンデル伯爵家に返せるはずがない。というかデイモン以外のどこの誰にも彼女はもう嫁げない。
「しかもハンブルトン領から取引停止の通告が来たぞ!お前が強引に婚約破棄などするからだ!」
「なんですって……!?」
リッチモンド領の食料調達先は、婚約者一族であったハンブルトン伯爵領の比重がもっとも多かった。それが婚約破棄によって全ての取引を停止され、しかも農業技術指導に派遣されていた人員も全て引き上げられたという。
「今から他領に食料供給の契約を持ちかけても、足元を見られるに決まっておる……!」
「クッ……どうすればいいんだ……!」
リッチモンド侯爵家の今季の赤字は、というかこの先もずっと、ほぼほぼ確定事項である。
163
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる