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10.思ったよりも凄い人
しおりを挟む“吹き渡る自由の風”は、結成以後あっという間に頭角を現して、有力パーティに数えられるようになった。何と言ってもあの“孤高の女戦士”ジュノが満を持して組んだパーティである。そのことだけでもまず注目を浴びたし、ジュノの高い実力を知る街の有力者や貴族などからの彼女への指名依頼さえ舞い込んで、ジュノは“凄腕”としても有名な存在になっていった。
ちなみに冒険者のランクは大きく8階級に分かれている。下から順に
“初心者”(冒険者認識票は白)
“見習い”(認識票は黄色)
“一人前”(認識票は緑)
“腕利き”(認識票は青)
“熟練者”(認識票は赤)
“凄腕”(認識票は黒)
“達人”(認識票は銀)
“到達者”(認識票は金)
の8つである。
なお達人以上は世界に数えるほどしか存在しない。勇者候補のパーティメンバーや、元勇者候補だった者たちがその大部分を占めている。つまり、それよりワンランク下がるだけのジュノもまた、世界的に見ても上位の実力者だということになる。
そして最高位の“到達者”は、現状で勇者もしくは勇者候補とそのパーティメンバーに限られている。
フェル暦675年現在、“到達者”としてもっとも有名なのは勇者レギーナだろう。このエトルリア連邦王国の王女でもあり、まだ正式認定こそされていないものの事実上すでに“勇者”の名乗りを許されている、絶対的強者だ。
レギーナのほかに“到達者”として高名なのは、ブロイス帝国出身のヴォルフガングとアルヴァイオン大公国出身のリチャードの両名が挙げられる。いずれも勇者候補で、勇者候補として活動することを認められている者は675年現在で世界に十数名ほどいるが、名乗りから“候補”を外して事実上の暫定勇者として活動することを許されているのはこの3名だけだ。
ちなみにレギーナがフェル暦672年度、リチャードがその1年先輩の671年度、そしてヴォルフガングがさらに1年前の670年度の〈賢者の学院〉“力の塔”の首席卒塔生だ。ジュノはヴォルフガングと同い年で、ヴォルフガングが首席なのに対しジュノは17席である。それだけだと随分差が開いているように感じるが、670年度の“力の塔”の全卒塔生490名のうちの首位と17位なので、要するにどちらもとんでもない成績優秀者ということになる。
勇者レギーナのパーティ、“蒼薔薇騎士団”のメンバーでやはり“到達者”の法術師ミカエラも、勇者レギーナに見劣らない存在感を持っている。
なにしろ彼女はレギーナと同じ672年度の〈賢者の学院〉“奇跡の塔”の首席卒塔者であり、しかもこの世界でもっとも信徒数の多いイェルゲイル神教の、教団トップである主祭司徒を務めたファビオ・ジョーナンクを祖父に持つ才媛だ。神教内での地位も主祭司徒、大司徒に次ぐ侍祭司徒という高位にあり、つまり同じ神教の法術師であるセーナよりも遥かに高い地位と実力を持っている。
ちなみに〈賢者の学院〉の3つの塔のうち、“力の塔”は王侯貴族の揮う権力や武力などの“力”の使い方を学ぶ。そのため王侯貴族子弟や勇者を目指す者たちが集まる。“奇跡の塔”は世界の歴史や神秘、神々への仕え方を学ぶため、法術師を目指す者たちが集う。学院には他に“知識の塔”があり、こちらは魔術や学術を学ぶため、魔術師や学者を目指す知恵者たちが多い。
その勇者レギーナと法術師ミカエラから連名で、ジュノに“凄腕”昇格の祝いのメッセージと花束が贈られてきて、〈隻角の雄牛〉亭フリウル支部が騒然となった。
確かに彼女たち“蒼薔薇騎士団”もまた〈隻角の雄牛〉亭のフローレンティア本部に所属しているのだから、広義の意味では同僚に祝いを贈ったのだと言えなくもないが、それでも一体なぜ。
「レギーナ殿下とは〈賢者の学院〉で在塔が一年被っていたからな。同郷の先輩として目通りを得て、お世話させて頂いたことがある」
「マジか……!」
レギーナが13歳で〈賢者の学院〉の“力の塔”に入塔した時、ジュノは15歳で最上級生であった。どちらも同じ“力の塔”所属で同じエトルリアからの入塔生だったこともあり、それなりに親しくさせてもらっていたのだという。
「卒塔してからもこうして気にかけて頂けるとは、本当に殿下には頭が上がらないな」
「ていうことは、もしかして」
「うん?」
「“勇者”の3人全員と知り合いだったり……する、のか?」
「うん、まあ、そうなるな。ヴォルフガングとは同級生だし、リチャード君は彼が入塔した直後にずいぶんしごいてやったもんだ」
「ひえぇ……!」
「ジュノさんが凄いのは知ってたけど、まさかそこまでとは……」
この世界における冒険者とはそもそも、経験を積んで実力を蓄え実績を上げて、最終的に勇者を目指す英雄の卵の側面を持っている。つまり冒険者の頂点としての存在が勇者ということになるわけだが、市井から勇者にまで到れる者など百年にひとり出ればマシな方で、大半の勇者はこの世界で最高のエリート集団である〈賢者の学院〉の卒塔生から認定される。
つまり勇者とは市井の冒険者であるレイクたちにとって雲の上の存在に等しく、知り合うどころか直接会うことすら普通は有り得ないのだ。そんな勇者たちを、ジュノは気安く愛称呼びしたり君付け呼びしたりする。だってジュノもまた、〈賢者の学院〉の卒塔生のひとりなのだ。
「ていうかジュノ……」
「うん?」
「あんた、思ったよりずっと凄い人だったんですね……!」
改めて、ジュノのハイスペックぶりにクラクラするレイクである。そんなすごい女性に好かれてるとか、マジで、信じられないし意味が分からない。
「敬語なんてやめてくれないか。それに、何言ってるんだレイク」
なのに、平然とした顔で彼女は言うのだ。
「その私が認めたんだから、レイクだって充分凄いぞ?」
「やめて!」
俺そんなに実力ねえから!
「何を言っているんだ。レイクは探索者としての技量も高いし、仕事に余計な人間関係を持ち込まないし、何より仲間に献身的に尽くそうとする姿勢が素晴らしい。それは誰にでも真似のできるような事じゃない」
「違うから!」
小柄で非力で魔力なしで良いところがないから、自分にやれることを精一杯やってるだけだから!
「全く、レイクが未だに“一人前”止まりだというのが信じられんよ。⸺おいルーチェ、頼んでた申請は出してあるんだよな?」
「もちろん。多分通ると思いますし、そうしたらレイクさんも晴れて“腕利き”ですよ!」
「マジで!?」
ソティンに『お前にはまだ早ぇ』って言われて昇格申請させてもらえなかっただけなんだけど、そんな簡単に昇格させてもらえるの俺!?
「“腕利き”に上がったら、今度は“熟練者”への昇格申請だな」
「いやいやいや!」
そんな急に昇格したって、急すぎて俺がついて行けないから!
「謙虚なのもまた、レイクの魅力だな。うん、惚れ直したぞ」
「くうぅ……!」
眩しすぎる、信頼しきった美しい笑顔を向けられて、思わず顔を逸らしてしまったレイクだった。
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