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03.こんなはずでは
しおりを挟むソティンがギルドに駆け込んだ時には、もうそこにレイクの姿はなかった。
「おい!レイクのやつ来なかったか!?」
ソティンは一直線にギルドの受付カウンターに駆け寄り、馴染みの受付嬢ルーチェに声を荒げた。
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてますよ。レイクさんなら先ほど来られました」
「なっ……!」
やはりレイクはパーティ脱退届を提出に来たのだ。だが、そんなものはリーダーが認めなければ受理されないはずだ。
「俺は認めんぞ!確かにちょっと言い争って出て行けみたいな事は言ったが、本気で言ったわけじゃないからな!」
「認めない、って何がですか?」
「だから!レイクの脱退だ!」
「……ああ。それなら」
レイクさんの脱退届は不受理に回しますね。そう言ってくれると理解したソティンは内心で安堵する。そう、ルーチェだって担当する“雷竜の咆哮”が順調に実績を挙げている以上、それを失いたくはないはずなのだ。
「ソティンさんの意向は関係ありませんよ。レイクさんは『出奔届』を提出なさったので」
「…………は!?」
フリウルでも有数の冒険者ギルドである〈隻角の雄牛〉亭では、というか冒険者ギルドでは大抵どこでもそうだが、冒険者がパーティを組む際には『結成届』が必要だ。そのほかメンバーの増減がある場合、新たな構成メンバー全員の署名を揃えた『変更届』が必要で、パーティを抜ける者がいた場合はその者は別途に『脱退届』を出す必要がある。
〈隻角の雄牛〉亭は所属冒険者がかなり多いし、パーティの結成や加入、脱退などはとかくトラブルになりがちなので、ギルド側が把握し管理するためにそうしたものが必要になるわけだ。
そして通常、これらの届け出にはパーティリーダーの承認と署名が必要になる。そのため、リーダーはどんなに学のない田舎者でも必ず、自分の名前だけは書けるように練習する。ギルドに練習させられる。
まあこの世界では一般常識や魔力のコントロールを学ぶ必要があるのでどこの国でも教育が盛んで、よほどの貧民や孤児などでもない限りは一通りの読み書き計算や歴史、魔力のコントロール方法など学んでから大人になるものだが。
まあそれはともかく、そんなふうにギルドに管理される冒険者パーティだが、パーティリーダーの承認も署名も必要ない届出がひとつだけある。それが『出奔届』だ。
どういうことかと言えば、報酬の分け前や人間関係などで諍いを起こして、特定のメンバーがパーティを抜けて他の面々と縁を切りたい時に、ギルドの承認のもとで『出奔届』を出すのだ。そうすればそのメンバーはギルドに保護された上で、他の面々との過失割合など査定され、認められればパーティリーダーの承認がなくともパーティを抜けることができるのだ。
これは、かつてパーティリーダーに不当に拘束され搾取されていたメンバーが存在していたから作られた、立場の弱いパーティメンバーへの救済措置である。
「出奔て……!まさか認めたわけじゃないだろうな!?」
「認めましたよ。“魔力なし”だから役立たずだと、そう言われたとの事だったので」
ぐっと言葉に詰まるソティン。彼だって、魔力なしを差別するのは良くないことだと知ってはいるのだ。
だが、実際に役に立たないじゃないか。魔術が使えないって事は魔術によるクエスト中のサポートはもちろん、日常生活に溢れている生活魔道具だって扱えないってことなんだぞ!なんでそんな奴のために、魔術を使えるこっちがサポートしてやらなきゃいけないんだ!
「ソティンさんは日頃から、あちこちの酒場で酔っては魔力なしを小馬鹿にする発言を多くの人に聞かれていますので、今回のことも信憑性があると判断されました」
「うっ……それは……!」
「ですのでレイクさんの『出奔届』は受理されました。もう彼は“雷竜の咆哮”のメンバーではありません」
「だっだが!そうなるとルーチェだって困るだろう!?」
順調に実力を増して冒険者ランクを上げ、このフリウルでも注目株のパーティとして名が知られるようになってきた“雷竜の咆哮”だ。そのメンバーの加増はともかく脱退となると、言い方は悪いがケチがついた格好になる。
そうなれば担当するルーチェの業績にだって傷がつくはずで、彼女も困るはずだ。
「困りませんよ。私が担当しているのは別に“雷竜の咆哮”だけではないので」
だがルーチェはにべもなかった。
焦るソティンと、澄まし顔で平静のルーチェ。ソティンのほうが劣勢なのは明らかだ。
その時、ギルドの入口扉が勢い良く開け放たれた。そして慌ただしく駆け込んでくる、ひとりの冒険者。
「おっおいルーチェ!あの話本当か!?」
戦士風の冒険者は脇目も振らず、真っ直ぐにルーチェの元まで駆けてくる。「ええ、本当ですよ」とルーチェが微笑んで、それで彼女はガッツポーズとともに「よっしゃああああ!!」と雄叫びを上げた。
「え……ジュノ、さん……?」
呆然とソティンが呟く。だって今目の前で喜色を爆発させている女冒険者が、〈隻角の雄牛〉亭所属冒険者の中でも五指に入るトップ冒険者にして、街を歩けば誰もが振り返る美貌を誇り、しかもこれまで頑なにソロを貫いていた孤高の女戦士ジュノだったからだ。
「おめでとうございます!これで“凄腕”に昇格できますね!」
「ああ、ありがとう!これもルーチェとレイクのおかげだ!」
「…………は?」
ジュノの口から、何故レイクの名が出るのか。ソティンは訝しんだ。
そんなソティンに、ようやくジュノが気付く。
「やあ、ソティンじゃないか!君にもありがとう!よくレイクを解放する決断をしてくれた!礼を言うよ!」
美しい顔に似合わず力強いその手で両手を握られブンブン振られて、ソティンは何がなんだか訳がわからない。
「パーティ名はどうします?」
「それはレイクと相談しなくちゃな!彼はどこだ?」
「今、二階の賃貸契約のために奥の談話室に居ますよ」
「そっか、ありがとう!行ってくる!」
そしてジュノは、ルーチェとソティンに手を振りつつギルドの奥へと消えて行った。
「……というわけで、レイクさんは新たにジュノさんとパーティを組むことになりました。なので“雷竜の咆哮”への連れ戻しは許可できません」
「…………なん、だと……!?」
魔力なしの役立たずであるレイクを追放し、新たにイオスを加入させる。そうすることでパーティにはソティン以外は女性冒険者しか居なくなる。これでようやくソティンが夢見ていたハーレムパーティの完成だ。そのはずだった。
まあレイクが泣いて縋りついてくるなら残してやってもいいが、その場合は雑用以下の半分奴隷みたいな扱いで確定だ。残してやるのだから、きっと文句も言わずに従うはず……というか従わせるつもりだった。
だというのに、追い出されて困窮するはずのレイクは、この冒険者の街フリウルでも一目置かれるトップ冒険者で、そして誰もが密かに狙っていた美女のジュノとの繋がりを得てしまった。
こんな、こんなはずではなかった。がっくりと膝をつきうなだれるソティンに対して、ルーチェはもちろん周囲に何人かいる冒険者たちの誰ひとりとして、声をかける者はなかった。
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