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25.いろんな意味で落ち着かない
しおりを挟む「あの、辺境伯閣下………」
「どうなさいましたか公女」
あれから週が経過した。
ホーエンス城に到着した翌朝の朝食こそ見るからに有り合わせの普通の食事で、公爵家の豪勢な朝食に慣れていたシャルロッテには少々残念な感があったのだが、その日の昼以降は何を食べたいか事前に聞かれ、必ずそれが用意され、量が多いと思えばすぐさま減らされ、物足らないと感じれば追加され、わずか10日のうちにすっかり食事は彼女の普段通りに様変わりしていた。
さらに朝の茶時や昼の茶時のお茶もお菓子もリクエストを聞かれ、それ以外の時間はほぼ自由行動が許されていた。もちろん、今までやっていた公務も皇子妃教育も一切ない。
それだけではない。いつの間にか公爵家や公宮に置いてあったはずの彼女の私物や衣装、装飾品などもほぼ揃っていて、文字通り何ひとつ不自由のない生活が実現していた。もちろん居室は客間などではなく女主人に相応しい部屋に変わっている。ついでに言えばライナも当然のようにシャルロッテ付き侍女頭に収まって普通に働いていたりする。
「その、わたくしの待遇についてですが」
朝食の席で同席した際、思い切ってシャルロッテはアードルフに話を切り出した。
「何かまだ至らない部分がありましたか?」
「逆です。その………」
こんなに良くしてもらっていいのだろうか。冤罪とはいえ罪を得て、流罪に処された罪人だというのに。
「ああ、どうかお気になさらず。貴女は私の妻となるよう命ぜられたのでしょう?夫となるからには当然のことです」
そう言ってアードルフは優しく微笑んでみせる。その穏やかな顔にシャルロッテの動悸が少しだけ早くなる。
「で、ですが」
実態としては、ふたりはまだ夫婦ではない。アードルフは経緯を調べると言って以降それなりに忙しく動いているようで、シャルロッテと顔を合わせるのは主に朝食時と晩食時のみ、たまに時間が取れれば昼の茶時を共にすることがある程度で、まだ手も握られていない。もちろん寝室でも顔を合わせていなかった。
それなのに妻だ夫だと言われても、もしや義務感だけで嫌々務めを果たそうとしているのではないのか。そういった疑念がシャルロッテの心から消えてくれない。
だというのに、待遇だけは溺愛されているし、見つめてくる目もかけてくる声も穏やかで甘いのだ。そのチグハグさが落ち着かない。
ちなみに辺境伯領へ流罪とは言ったものの、東方辺境伯であるブレンダンブルク領はヴェリビリの東方全てである。つまりアードルフと結婚したところでシャルロッテはヴェリビリにほど近いホーエンス城に住むことになり、いつでも帝都に帰って来られるのだ。
そもそもルートヴィヒに言い渡されたのは辺境伯領への流罪であって、帝都からの追放つまり帝都へ足を踏み入れることを禁止されたわけではない。
「わたくしはまだ、妻としての役目を──」
「貴女は」
勢い込んで言いかけた言葉は、アードルフの声に被せられて消えた。
「婚約破棄されたばかりで、まだ心身ともにお疲れのことと思います。ですので今は余計なことなど考えず、ゆっくりと心身を休めることを優先なさって下さい」
アードルフはにこやかにそう言ってくれるが、要は妻としての役目を果たさなくてもいいということか、とシャルロッテは邪推してしまう。
「ああ、ですが」
少し考えるように彼は視線を彷徨わせ、そして。
「お互いの呼び名はそろそろ変えましょうか。『閣下』と『公女』ではあまりにも他人行儀にすぎる」
そんな事を言ってきた。
「そ、それはもちろん構いませんが──」
「では私のことは愛称で『ドルフ』と」
思わず淑女の微笑さえ忘れてしまうほどの爆弾発言を放られたからたまらない。
えええええーーーーっ!?
い、いきなり愛称呼びはハードルが高すぎませんことーーー!?
「貴女のことは『ロッテ』とお呼びしても?」
「そそそそそれはーーー!?」
もはや公爵家令嬢としての淑女の仮面も、皇子の婚約者としての立ち居振る舞いも何もかも跡形もない。
「それは……… 」
恥ずかしすぎてダメに決まっている。だがハッキリと「ダメ」だと言うのも嫌に決まっている。
いつかはそう呼び合いたい。でもいきなりは無理です!
「ではこうしましょう。ひとまずお互いを名で呼ぶこと。そこから始めませんか」
「ええと………はい、それなら………」
「では私のことはアードルフと」
「あ……はい、その………あ、アーロルフさま」
噛んだーーーーーっっっ!!
一番大事な所で盛大に噛んで、思わず顔を覆って朝食の席に突っ伏してしまったシャルロッテであった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【お願い】
途中、無理な小声表現でお見苦しい点がございますが、生暖かくスルーしてもらえると助かります…フォント変更機能があればいいのに…( ̄∀ ̄;
応援ありがとうございます!
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