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18.いよいよ始まる断罪劇

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 陽神太陽が西の空に傾き始め、空はすっかり茜色から宵闇の色へと変わりゆく時間帯。ラティアースこの世界ではその時間帯を「晩」という。
 1日というのは「朝」と「昼」のことであり、陽神が完全に沈んでしまったあとの時間は「夜」と言って、これは1日のうちには数えない。時刻は「砂振り子」という魔道具で計測されるが、この時用いる砂振り子は特大、つまり1時間計測できるものを使うため、「昼」の最後の方がどうしても途中で「夜」に変わってしまう。すでに夜になっていても便宜上昼として数えることが多いのだ。
 だから、その「昼でも夜でもない時間」のことを慣例的に「晩」といい、その時間帯に食べる1日最後の食事を「晩食」という。客人を招いて社交の一環として行われる晩食は「晩餐」と言い換えられたりもする。


 で、通常、夜会というものは「晩」の時間帯に始まるものである。そのため会場入りする時間帯はまだ空が茜色のうちであることが多い。会場入りは身分や立場の低い者からで、つまり主催者側の給仕や雑用係が最初に会場に入り、来賓となる客たちは低位貴族から先に、高位貴族が後に、そして王族、ブロイス帝国の場合は皇族が最後になる。来賓をどのレベルまで呼ぶかにもよるが、一番最後に入場するのは皇帝だ。
 ルートヴィヒとシャルロッテは立太子こそまだだが次期皇帝夫妻の最有力候補だと見做されていて、そのため入場は最後から二番目である。帝国学舎の卒業記念という意味においても首席と3位なので相応しい入場順ということになる。

 そして、シャルロッテがいつまで待ってもルートヴィヒが現れない………なんて事にはならず、きちんと彼は彼女をエスコートして会場入りした。そもそも式典の終わった後に約束した通り、彼はシャルロッテを迎えにアスカーニア公爵家まで馬車で出向いたので、その時点からずっとふたり一緒である。

 ちなみにローゼマリーは邸には結局帰らず、中央教棟四階の貸し与えられた客間で準備がてら待機していた。で、事前に一階にある学舎の応接室に移って、そこで出番を待っている。
 ローゼマリーが帰って来ないことだけがシャルロッテの気がかりで、でもパーティーには出なければならないため探しにも行けないという、やややきもきする状態であった。だがローゼマリー専属侍女のゾフィーが心当たりを探すというのでひとまず任せていた。
 まあゾフィーは事情を知っているので口約束しただけだが。


 パーティーが始まり、ルートヴィヒとシャルロッテはちゃんとファーストダンスも踊った。シャルロッテはきちんと夜会用のドレスに着替えていて、これもルートヴィヒの色で固められた素晴らしいドレスだったため、会場の全員が(あれ……?やっぱになったのでは?)などと混乱していたが、まあそれはそれ。


 ひと通りダンスタイムも終わり、参加者それぞれが思い思いに談笑を始める。そうなって初めてルートヴィヒはシャルロッテの傍を離れた。その間、エッケハルトが密かにローゼマリーを呼びに行き、彼女は大広間の隣の控え室で今か今かと出番を待っている。

「シャルロッテ・フォン・アスカーニア=アンハルト!」

 学友との歓談中に急に大声でフルネームを叫ばれ、シャルロッテは思わずそちらを振り向いた。
 見れば、ルートヴィヒが肩を怒らせてこちらを睨んでいる。シャルロッテは慌てて、だが決してはしたなくならぬよう、ルートヴィヒの元へ駆け寄る。

「お呼びでございますか、ルートヴィヒ殿下」

「何故呼ばれたか、分かっているかシャルロッテ」

 分かる訳がない。ルートヴィヒ渾身の仕込みはここまで完璧である。
 シャルロッテが淑女礼カーテシーで目線を下げている隙に、ローゼマリーがルートヴィヒの傍に音もなく駆け寄る。そのまま彼に当たり前のように腰を抱き寄せられ、ローゼマリーは思わず嬉しさに悲鳴を上げそうになった。

「その様子だと、解っておらぬようだな?」
「誠に申し訳ございません。わたくしが何か粗相を致しましたのならば謹んでお詫びを──」
「私にではない!」

 ここぞとばかりに、ルートヴィヒは声を荒げた。
 今まで声を荒らげることなどほとんどなかった彼が実は毎晩こっそりと練習していたことを、エッケハルトだけが知っている。

「詫びるのならばローゼマリー嬢に詫びるべきであろうが!」

 よほど驚いたのだろう、シャルロッテが思わず顔を上げた。ここぞとばかりに、ローゼマリーはの通りに姉を睨みつける。

「ローゼ、マリー……?」

 一体なぜ?というか貴女今までどこにいたの?みんな心配して、ゾフィーなんて今も探してくれているのよ?
 そう思いつつローゼマリーの姿を確認してシャルロッテは驚きに目を見開く。彼女の着ている夜会用のドレスが、シャルロッテのそれと遜色ない見事なドレスだったからだ。それもバッチリ、ルートヴィヒの色に染まっている。

(えっ待って!?ここでもドレス被りなの!?)
(しかも今度はローゼマリー嬢のも素晴らしいドレスだぞ!?)
(ちょ、これ絶対に殿下が準備してたやつだよね!?)

 正解。シャルロッテに贈るために何着か仕立てたうちの、最終選考に落ちたドレスをローゼマリー用に仕立て直したものなので、シャルロッテが今着ているドレスと遜色なくて当然なのだ。

「とぼけようとしても無駄だ!聞けばそなたは邸でこのローゼを長年に渡って虐げていたそうではないか!」
「………なっ!?」

「そなたは自身が何もかも完璧にこなせるからといって、いまだ至らぬローゼを散々にけなしているそうだな!それだけでなく暴力をふるい、ドレスで隠されて見えない腕や背中や腰を使用人たちに鞭打たせたと聞く!さらに──」
「お、お待ち下さい!わたくしはそのようなこと」

「やっておらぬと申すか!」
「嘘です!殿下、わたくしはお姉様に毎日のように虐められて!」

 震える声でそう言って、ローゼマリーがここぞとばかりにドレスの袖をまくる。昨晩あれほど痛い思いをしてまで作った、赤く腫れ上がった、見るからに痛々しい鞭の痕が確かにそこにある。

(うそ、何あれマジで!?)
(やだ、痛そう…!)
(えっ本物?メイクとかじゃないよな?)
(じゃあまさか、本当にシャルロッテ様がローゼマリー嬢を虐めてたわけ?)

 この段階で鞭の痕のカラクリを知っているのはローゼマリー本人とのゾフィー、それとルートヴィヒだけだから、これは本当にサプライズウーバーラシュトゥになった。





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