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05.ローゼマリーの秘密の計画
しおりを挟むローゼマリーがそう思い立ったその日から、彼女の悪巧みは始まった。
彼女はまず、ブレンダンブルク辺境伯アードルフの素性や交友関係、行動範囲などを調べた。彼にすでに妻や婚約者がいれば当然計画は中止であり、彼が噂されるように暴虐な人となりであればやはり中止である。
ローゼマリーは別にシャルロッテを不幸にしたいわけではない。というか日頃から嫉妬して嫌ってはいるものの、その根底には幼い頃からずっと抱いたままの姉への憧れが眠っていることに気付いていないのだ。
結果として、アードルフには婚約者はおらず、当然妻も子もいないと明らかになった。しかも彼はブレンダンブルク家の唯一の継嗣で、彼が子孫を残さねばブレンダンブルク辺境伯家が断絶の危機にあることも分かった。ついでに分かったことだが、ブレンダンブルク家はアスカーニア公爵家の家門に連なる分家筋であり、本家たるローゼマリーのアンハルト家以外で唯一残っている分家であることも判明した。
大変だわ。分家なのなら本家である我がアンハルト家が守らなくてはならないじゃない!だったらなおさら、お姉様に嫁いで頂かなくては!
だが調査の過程で、ローゼマリーはアードルフの面貌をも知ることになった。4年前までの戦争ではかなりの激戦の渦中にいたようで、アードルフの左の額から右の頬にかけてえぐれるような深く醜い剣傷が生々しく残っていたのだ。
おそらく傷を負った際、戦場のただ中ですぐに[治癒]の魔術を施せる状態ではなかったのだろう。魔術で傷を治すためには可能な限り受傷直後に、安全と清浄を確保した上で施術しなければならないとされるが、戦場では望むべくもなかったのだろう。それに[治癒]の使える青加護の魔術師も確保できなかったのかも知れない。
「でも、この傷はないわぁ………」
確かにこれでは“疵面卿”などと呼ばれるわけである。貴族社会なんて特に外見の見目の良さを重視する社会なのだから、後天的な外傷が遺伝しないと分かっていてもこれは嫌われるだろう。ローゼマリーだって嫌だ。
でも、姉は4年前の戦勝式典でこの傷を受けたあとの彼を見ている。その上でなお彼を想い続けているのだから、何も問題はないはずだ。
次にローゼマリーが調べたのは自分の家族、特に父であるアスカーニア公爵グントラムとその妻でローゼマリーたち姉妹の母である公爵夫人フェオドラの意向である。
だってお父様たちがどうあってもお姉様をルートヴィヒ様に嫁がせようとお考えなのなら、そもそも賛成してもらえないのだし。そうなると正攻法では難しいわね。
というか、普通に考えるとお姉様の婚約はそのままでわたしがアードルフ様に嫁げとか言われかねないわ!それだけは絶対に嫌!確かにイケメンだけれどあんなに怖ろしい傷のある旦那様の妻になるのも、それでお姉様から一生羨望と嫉妬の視線を浴びせられるのもゴメンだわ!
というわけで改めてそれとなく確認してみたが、父も母も姉の幸せを何よりも願っていて、しかも彼女の秘めた想いには気付いていなさそうである。だったら話の持って行き方次第では皇帝家との婚約よりもアードルフ様との婚約に傾いてくれるかも知れない。
よし、ならあとはルートヴィヒ様と両陛下のご意向ね!
だが、これが一番の難問であった。
ルートヴィヒ皇子は傍から見る限りではシャルロッテをとても大事に扱っていて、本当に姉を愛しているように見えるのだ。そうなると彼が姉を手放さないかも知れない。しかも両陛下もすっかり姉が皇室の一員になるものと喜んでいて、皇宮での様子を伝え聞く限りではすでに“娘”として扱っているようなのだ。
「これは、マズいわね………」
ローゼマリーがどれだけ画策しようとも、至尊たる両陛下の思し召しは絶対である。ブロイス帝国は立憲君主制であって絶対帝政ではないからまだ何とかなるとはいえ、皇帝権力は非常に強い。皇帝専権と言って、法の定めも議会の議決も無視して皇帝が独断で物事を決めてしまえる権限さえ持っているのだ。
だからそれに対抗するためには、世間や貴族社会の世論を誘導してシャルロッテをルートヴィヒの婚約者の座から退かせるように仕向けなくてはならない。世論が定まってしまえば、いくら両陛下といえどもそれを無視してまで強権を振るうことなどできないはずだ。
けど、どうやって?
どうやって世論を“シャルロッテ下ろし”に導けばいいの?
ローゼマリーは頭を抱えた。どうやら合法的な手段では可能性は薄いと言わざるを得ない。
結局、ローゼマリーは簡単で手っ取り早い方法、つまり非合法な手段に訴えることにした。要するに彼女に冤罪を被せ瑕疵をつけて、ルートヴィヒの方から婚約破棄をしてもらおうと考えたのだ。
それならば上手く事が運べば誰からも文句は出ないだろうし、彼女に瑕疵があるとなれば両陛下も嫌とは言えなくなるはず。本当は瑕疵などないのだから彼女に重すぎる罰が与えられることのないよう、ローゼマリーがルートヴィヒに取り入って、世間から敬遠されているアードルフ様に罰として嫁がせるように誘導すればいい。
そしてローゼマリー自身はルートヴィヒの婚約者の妹として、彼自身とも比較的容易に会えるし両陛下とも個人的に面識がある。もうすぐ成人の儀を迎えて御披露目も控えているので、ローゼマリーが個人的に社交界で泳ぎ回っていても不審には思われないはずだ。
まああのシャルロッテの妹で、まだ婚約者のいないローゼマリーが社交界をフラフラしていると貴族の子息たちが群がってくるので、社交の場に顔を出すのはルートヴィヒが出てくる会場だけにしよう。
そうしてルートヴィヒと仲良くなって、姉に虐められているとでも訴えれば彼は疑念を抱くだろう。ローゼマリーが捏造した証拠をいくつか提示して彼を信じさせることさえできれば、正義感の強い彼はローゼマリーを苦境から救い出して、人知れず妹を虐める酷い姉を断罪してくれるだろう。
そうして上手く行けば、姉の代わりにわたしを婚約者に望んでくれるかも知れない。
よし、完璧だわ!これで行きましょう!
本当は完璧どころか、多分に粗があって成功率の低い稚拙な計画だったが、ローゼマリーは満足してペンを置いた。彼女は思考がとっ散らかる傾向があるので、思いついたことは何でもメモに残しておく癖があった。
書物机の上にそのメモを綺麗に重ねてまとめ、ローゼマリーは早速ルートヴィヒに会うため出かけることにした。まずは彼と会う回数を増やして親密にならなくては。
「ゾフィー、わたくしは出かけます。戻ってくるまでにお部屋を片付けておいて」
「かしこまりましたローゼマリーお嬢様」
自分の専属侍女のゾフィーにそう命じて、ローゼマリーは公爵家の馬車で皇城へ向かった。
その夜に戻ってきた時、机の上にあったはずのメモの束がすっかりなくなっていることに、ローゼマリーは気付かなかった。
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