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【王女アナスタシア】
〖幕間〗実は全部見られてた
しおりを挟む「いやはや、これでようやくハッピーエンドに収まりそうだねえ」
どこにもない場所、外界から隔絶した真闇の空間で、それだけ切り取ったように唐突に存在する純白のテーブルセットに腰を落ち着け、そう独りごちてグラスを傾けた美女がいる。
踝まである長い茜色の髪と同じく茜色の瞳の、胸元の大きく開いた同じ色のシンプルなドレスに同じ色の外衣を合わせた神の如き美貌の美女。そう、“茜色の魔女”である。
彼女の眼前にはあたかも空間を無造作にくり抜いたように、とある世界のとある場面が浮かび上がっている。その中では輝かんばかりに美しい少女が、ややくたびれた感のある父親のような年齢の男とテーブルを挟んで同席し、お茶を飲みながら楽しげに談笑していた。
「いやあ、良かった良かった。私もお節介を焼いた甲斐があったというものだね」
“茜色の魔女”は特に話し相手も居ないのに、目の前に映し出されたお茶会を見ながら満足そうに微笑う。
「私は、余計な世話だったと思うがな」
訂正。魔女は独りではなかった。
ややハスキーな明るい声色の“茜色の魔女”とは違う、音程の低い落ち着いた声がして、声がした時にはもう“茜色の魔女”の前にひとりの美女が座っている。
灰色の項までの短い髪に灰色の瞳、漆黒のドレスをまとってその上から前を開けた灰色の外衣を羽織ったその美女は、こちらも“茜色の魔女”に負けず劣らず美しい。もっともその表情はにこりとも笑わず、視線には厳格で冷徹な圧があり、全体的に何やら厳しい雰囲気を纏っている。
「やあ“灰色”。いつ戻ってきたんだい?」
「戻ったも何も、最初からいただろう」
そんな美女が突然目の前に現れたことになんら動じることなく“茜色の魔女”が声をかけ、“灰色の魔女”も当たり前のように応える。ちなみに“灰色”の方は地球で言うところのコーカソイドの、透き通るような白皙の肌をしていて、“茜色”の方もやはり肌は白いが、それでもモンゴロイドを思わせる人肌の色味を窺わせる。
「いやあ、自分で認識させる気にならないと他者から認識されないって、この空間すごいよねえ」
「お前がそういう風に“空色”にリクエストしたんだろうが」
「そうだっけかな?」
「…………本当に、自分の言動に責任を持たん奴だな」
“灰色”が呆れの色を濃くするが、“茜色”はどこ吹く風。まあ“灰色”とてこの魔女がそういう奴だとよく知っているので、それ以上ツッコむこともない。
「それよりホラ、“灰色”も見てみなよ。いい具合に収まって良かったじゃないか」
「いい具合も何も、“茜色”がそう仕向けたんじゃねえかよ」
また別の声がして、その時には純白のテーブルセットにもうひとり座っていた。
顔の作りや体型は“茜色”とそっくり瓜ふたつ、だが髪色もドレスも外衣の色も薔薇色で統一された美女。その右眼は朱鷺色、左眼は鴇色でわずかに異なっている。まあ見分けられる者など存在しないだろうが。
現れたのは3人目の魔女、“朱鷺色の魔女”である。
「ったく、自分の権能だからって勝手にいじるんじゃねえと何度言ったら分かんだよオメーはよ」
「諦めろ“朱鷺色”。そもそもこれが人の言うことを聞くタマか」
“茜色”を責めにかかったらしい“朱鷺色”は、“灰色”の横槍によって口を噤む。だが結局言わずにおれなかったようで、再び口を開いた。
「……自分の暇潰しのためだけに、生きている魂の輪廻を弄るなって言ってんだよ!」
「それは人聞きが悪いなあ。あの魂は自分で望んで転生したんだよ?」
「だからって望んだ転生結果が得られるまで、無限ガチャやらせるこたぁねえだろう!」
「……おい、待て“茜色”」
“朱鷺色”の言葉に、“灰色”の顔色が変わった。
「お前が権能にかこつけて生と死を大量に浪費したのは知っている。だが貴様、一体どれだけ無駄遣いしたのだ!?」
「えー?ほんのちょっとだけだよ~?」
「43386回はちょっととは言わんだろうがよ……」
「いや~、あの子ホントにガッツあるよねえ。同じ国の同じ時代を引き当てるまで4万回以上も転生を繰り返すなんて、なかなかできることじゃないよ」
オフィーリアが死を選び、その魂魄を“茜色の魔女”が拾い上げて余計なお節介を焼いた、その後のこと。半ば無理やり彼女の魂を輪廻の輪に送り出した魔女は、実は彼女の望みを叶えていたのだ。
つまり、望んだ転生結果を得られるまで無限に転生を繰り返す、という形で。そして彼女が念願かなって同じ時代の同じ国に人間の女性として転生を果たした暁にはオフィーリアの記憶を引き継げるように、魔女はお節介まで付与していたのだ。
彼女はその死後、実に43386回もの転生を繰り返した。そうして最終的に同じイリシャ連邦のアーギス王家の姫として、わずか5年のタイムラグだけで同じ時代に転生を果たしたのだ。余人どころか本人さえも知らぬその事実は、まさしくアナスタシアの名に相応しいと言えようか。
「よく言うよこの腐れ外道がよ」
だが“朱鷺色”は、“茜色”の鬼畜っぷりを余さず知っている。
「よ・み・ガンマ・エイト・リゥで、そこまで試行しなきゃ望みが叶わねえよう仕組んだのもオメーだろうが!」
オフィーリアの魂は輪廻の輪に従ってひたすら転生を続け、それを4万回以上も繰り返さなければ望む転生結果を得られなかった。何故そんな嫌がらせにも等しい付帯条件を付けたのかと言えば、その間の彼女の魂の変転を茜色の魔女が眺めて愉しむためである。
「いやあ、実に愉しかったよ。ある時は花蜂になって花と蜜に囲まれて鳥に食われてたし、ある時は男に生まれて兵士になって戦場であっさり殺されてたし、ある時なんて魔王になったりもしたしねえ」
「ほんとオマエ、我が姉ながら人でなしだなマジで」
「君に言われたくないなあ、全知と全能の魔女」
「それを言うなら全知と忘却だボケナスが。わざと間違えてんじゃねえ」
“茜色の魔女”が輪廻と転生を司る存在であるのと同様に、“朱鷺色の魔女”は全知と忘却を司る。世界の知識と事象は全て彼女の知るところであり、彼女以外に全てを知らさないために彼女は他者に忘却を与えるのだ。ついでに言えば、“灰色の魔女”の権能は生と死であり、生きた魂と死せる魂の総量の天秤を操る存在である。
“茜色の魔女”は自身の権能だけでなく、“朱鷺色”の忘却と“灰色”の生と死まで勝手にいじった上でオフィーリアのアナスタシアへの転生を実現させた。その事実がこれから幸せを掴もうとしている彼女に知られることは、きっと永劫にない。
「いやでも本当に、ハッピーエンドで終えられそうでよかったよかった」
「どの口がそれを言うか貴様……」
「ほんとマジで、それな」
7つの世界凡ての理を司る超神者という意味では、灰色も朱鷺色も茜色と大差はないのだが。彼女たちだって個々の魂に肩入れなどしないし、権能を振るう際には無慈悲であるのだが。
だがここは敢えて言おう。灰色と朱鷺色が正しく、茜色が全面的に間違っていると。終わりよければ全てよし、ではないのだ。
「あらあらまあまあ。まぁた“茜色”さんが遊んでますのね」
「放っておきなさいな。関わったところで茜色のペースに呑まれて終わるだけよ」
ケラケラと笑う茜色と、それを前にぐったりしている灰色と朱鷺色。
そんな彼女たちを、実は“空色”と“山吹色”が冷めた目で眺めていたりする。
「それはそうと“烏羽色”さんと“虹色”さんはどちらに?」
「あのふたりは呼び出さない方が平和なのだから、迂闊に呼ばないでもらえるかしら?」
「はぁい。分かりましたわ~」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【お知らせ】
次回、いよいよ完結です!
長々とお付き合い頂きましたが、最後までよろしくお願い申し上げます!
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