公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人

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【運命の選択】

43.卒院した、その後のこと

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 年が明けてフェル暦679年の花季、アナスタシアは14歳に、そしてミエザ学習院の二回生に上がった。進級成績は当然というか首席で、クラス分けももちろん優等教室のままである。
 フィラムモーンは首席の成績で卒院し、新たな学生会長にはソニアが就任した。新学生会も発足したが、アナスタシアは相変わらず無役のままである。

「アナスタシア様は学生会にはお入りにならなかったのですね」
「ええ。お声がかかりませんでしたので」

 仮に声がかかったとしてもアナスタシアはきっと断っていたことだろう。前世のようにこき使い倒されるなど御免こうむるというものだ。
 もっとも、のソニアはオフィーリアアナスタシアのそうした心情も解ってくれているので、彼女が学生会レベルでアナスタシアに頼ることなどあり得ないだろうが。
 そうして実際、アナスタシア抜きでもソニアの率いる学生会はしっかりと務めを果たし、翌年に次の学生会に業務を引き継いだ。その世代はアナスタシアたちの代、つまりアナスタシアも15歳の三回生に上がったわけだが、彼女は相変わらず学生会長にも役員にも立候補せず、周囲もそのことに対して誰も何も言わなかった。

 カリトン王とアナスタシアの仲も変わらず良好のままである。忙しい日々の中でも定期的に交流を絶やさず、お茶会をし晩食を共にして、時には王都サロニカでお忍びデートをしたり地方視察に帯同したりして、その様子が西方世界で広く発行されている情報ギルド発行の大衆新聞紙『西方通信』紙のマケダニア王国国内版にすっぱ抜かれたりもした。
 もちろん、前世から想い合っていたことが広く知られた現在となっては、ふたりの仲をわざわざ引き裂こうとするなど現れようはずもない。それでなくとも亡きアーテーの死の秘密を密かに共有していて一蓮托生の間柄になっているので、今さら離れるはずもないのだが。

 カリトン王との婚約を正式に発表した13歳の当時はアナスタシアは美しく育っていたものの、それでも年齢相応に発育途上の華奢な体格で、身体つきもまだまだ幼さを残していた。だが15歳になり、成人してお披露目デブートに出席した彼女は背も伸びてグッと大人っぽくなり、プロポーションにも磨きがかかって誰もが見惚れるほどの絶世の美女として、人々の耳目を独占することとなった。
 カリトン王と並んでも年齢差こそあるものの、もはや幼女趣味などと揶揄されることもない。前世と違って体型を貶められることもない。それどころか「お若いお妃で羨ましいですな」「早くお子様のお顔を拝見させて下さいませ」などと言われる始末。いやまだ婚約中で名実ともに結婚してないが。


 この間に変わったことと言えば、王宮侍女長のへスペレイアが引退した。まだ50に届かぬ若さだったのでカリトン王も引き留めたのだが、20歳も歳上で隠居している夫の介護を理由に出されてはそれ以上何も言えなかった。
 むしろ将来の自分たちの姿を重ねてしまって、カリトン王などは青ざめていたほどである。一方でアナスタシアはやはり将来を見据えたのか今後はたまにお茶会に呼んでもいいかと打診して、快諾を得て喜んでいた。
 それからアナスタシア姫の専属護衛であった近衛騎士のヒエラクスが、近衛騎士隊の副隊長に昇進した。今後は正式に近衛騎士隊長のイスキュスの後継者として、より一層励むことになる。

 そうそう、アナスタシアはミエザ学習院三回生の前期試験において、念願だった全科目満点を達成した。通常、15歳ともなると男女の体格や運動能力に顕著な差が出てくるため、特に体術や魔術の試験においては女子学生が男子学生を上回ることは難しくなってくる。それをアナスタシアは見事に覆しただけでなく、満点を達成してみせたのだ。
 ミエザ学習院の長い歴史の中でも、満点達成はあの“悲劇の公女”オフィーリア以来の快挙ということで、これもまたアナスタシアの伝説のひとつとして語り継がれると同時に、オフィーリアの生まれ変わり説を補強することとなる。まあ無邪気に喜ぶ本人だけがそのことに気付いていないが。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 フェル暦681年の花季、16歳になったアナスタシアは晴れてミエザ学習院を卒院した。席次はもちろん首席で、結局入院から卒院まで一度も首席の座を誰にも譲らなかった。
 卒院すれば社会的にも、名実ともに成人として扱われる。アナスタシアの場合はカリトン王との婚姻準備が本格化して、慌ただしくも幸せな日々が続いていく。絶世の美女と誰からも褒めそやされ羨望される彼女の姿は誰の目にも幸せに満ち溢れていて、周囲の者たちまでもが幸せ気分に浸ることとなった。


 幸せな将来に向かって歩みを進めているのはアナスタシアとカリトン王だけではない。フィラムモーンとソニアも、クトニオスとクロエーも、クセノフォンとオルトシアーも、それぞれミエザ学習院の卒院直後から具体的に婚姻に向けて動き出している。
 その中でフィラムモーンとソニアの組だけはソニアの卒院が1年早かったため、もう間もなく婚姻式を迎えるというところまで進んでいる。一方でクロエーは、クリストポリ侯爵家の保持するクレニデス伯爵位を新たに襲爵せねばならないため、その教育が優先されていてクトニオスとの婚姻は先延ばしになりそうである。

「新規の襲爵がこんなに大変だったなんて、全く知りもしませんでしたわ!」

 たまの息抜きにとお茶会に呼んだら、やつれきったクロエーに盛大に愚痴を吐かれてアナスタシアも苦笑するしかない。

「血統的にクロエー様が継いで女伯爵にならなければなりませんからね。それにクリストポリ家から領地分与もなされるから領地経営も学ばなくてはなりませんし」
「そうなのですよ!わたくし、クトニオスお従兄にい様に嫁いでヨルゴス伯父様の農園を継ぐ気でいましたのに、うっかり襲爵の話を受けてしまったばっかりに!」

 それはもう諦めてもらう他はない。クトニオスだけでなく妹のオルトシアーも学習院では経営科であったため、ヨルゴスの農場は跡継ぎがオルトシアーに交代しても特に問題はないのだし、クトニオスの経営知識は農場経営ではなく、クロエーの領地経営に役立てられる事になるだろう。

「将来が変わったと言えば、ソニア様もそうですわよね?」
「え?ええ、まあ、そうなりますわね」

 クロエーが隣に座っているソニアに水を向け、ソニアは困ったように微笑むしかない。
 母に倣って王宮の法務官僚を目指していたソニアは、フィラムモーンとの婚約が正式に調ったことをもって次期アポロニア公爵夫人ということになった。そうなるとアポロニア公爵家の女主人としてだけでなく、公爵領の領政の補佐もせねばならず、さらにアポロニア家代々の家業である陽神の祭祀も学ばなくてはならない。公爵家に輿入れすることで新たに学ばなければならないことの分量は、伯爵位を襲うクロエーの比ではないため、彼女は法務官僚への道を諦めたのだ。
 まあそれでもソニアは、実家のカストリア侯爵家が元のまま公爵家レベルでの教育水準を維持していたため、まだ比較的楽な方と言える。

「それで……そのう、ご無理のない範囲で結構ですので、のお力もお貸し願えればと思いまして……」
「……ふふ、そういう時にだけ従姉あね呼ばわりするのは、少しズルくないですか?⸺ですが、可愛い従妹の頼みとあらば仕方ありませんね」
「ありがとうございます、オフィーリアお従姉ねえ様!」
「わたくしも!わたくしも助けて下さいませアナスタシア姫様!」
「ええ。もちろんクロエー様にも、微力ながらお力添えさせて頂きますわ」

 領政の勉強って大変ですものね。机上の書類仕事だけではなくて領民や天候が相手ですからね。かつて実際に領政を采配していた懐かしい記憶が、アナスタシアの脳裏に蘇る。その経験と知識が、今後は彼女たちに引き継がれ活かしてもらえるのならば、あの頃の苦労も無駄ではなかったと思えるアナスタシアである。
 ただしこれは、カリトン王と婚姻するまでの限定的な措置になるだろう。王妃になってしまえば、特定の貴族にだけ便宜を図るなどできなくなるのだから。


 幸せなカップルたちだけでなく、その他の人々も将来に向けての歩みを止めることはない。サモトラケー公爵家のエンデーイスと旧ハラストラ公爵家のテルクシノエーには、カリトン王とアナスタシアの婚姻式に合わせて恩赦を与えることが正式に決定したし、その時点で襲爵が可能な19歳になっている予定のアポレイアにはハラストラを新たに興させることも決定した。
 これは両家の三名にも伝えられ、それぞれ貴人牢に入ったままではあるが準備と教育が進められている。ただし対外的には一切発表されていないため、このことを知る者は王宮内でも多くはない。


 学習院を卒院してから先のことは、前世オフィーリアでも経験しなかった未知の世界である。けれどもアナスタシアにはなんの心配も不安もなかった。なぜなら彼女の隣には頼りなくも頼もしい、愛すべき想い人がいるのだから。




 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【お知らせ】
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回、25日更新分で完結……の予定だったんですが、「44回」で終了するのはあんまりハッピーエンドっぽくないなと思ってしまったので、急遽加筆して1話増やしました(爆)。
ここまで長々とお付き合い頂きましたが、あと2回で完結です!最後までよろしくお願い申し上げます!



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